TOPへ | ![]() 幻水topへ |
「くしゅんっ…」 ここはブラス城のサロン。 時刻はもう深夜になろうとしていたが山積みの書類があったためやむなく クリスとサロメで目を通しサインをするという作業を行っていた。 ようやく片付こうというときにクリスのくしゃみが静寂を破った。 「‥今夜は冷えますな。」 サロメが暖炉の薪をくべに席を立つ 「そうだな。」 そういってふと窓をみるクリス。 「どうりで冷えるわけだ…ほら」 クリスはうれししそうに窓へ駆け寄った。 「雪、ですか…明日はつもるかもしれませんな」 窓の外にはちらちらと小雪が舞い降りている。 「ふふ、少しわくわくするな。」 「まあここでは滅多にないことですからな」 クリスはテラスへの窓を開けた。 「クリス様」 サロメは”かぜをひきますよ”、とまなざしで訴えるが クリスは”大丈夫だから…”と軽くかぶりを振った。 「少し、雪の下にいたいんだ…」 そういってクリスはテラスへと出て行った。 顔を上げ一身に雪を受けるクリスのあまりの清廉さにサロメは目を奪われ、おもわず息を呑んだ。 目を硬く閉じているその姿は祈りをささげているようでもあって… サロメには声をかけることも中へと連れ戻すこともできないでいた。 「雪はいいな。雪は全てを白く戻してくれる…。」 ぽつり、とクリスがつぶやいた。 「…そうですな」 「…。わたしのこの血塗られた身も清められればいいのに…」 いつになくそんなことを言ってしまったのは雪の夜という非日常の状況下にあるせいか… 「…騎士で、い続けるのはつらいですか?」 クリスの強さは重々承知していたがそう聞かずにはいられなかった それほどに今夜のクリスは舞い散る雪のようにはかなく感じられた。 「つらくなど…ない。わたしにはこれしかない…からな」 そういいながら微笑みを返すクリスだが、その微笑みは悲しげで…。 わたしが一生をかけてあなたをおささえします―― 今にも涙が零れ落ちてもおかしくない、 そんなクリスをみてサロメはますます決意を固めるのだった。 そして…。 「クリス様。こんな雪の夜は全てを消してくれます。 今夜あったことは雪が積もれば忘れてしまいましょう。」 「サロメ…」 「ですから今は、今だけは無理をしないでもいいのですよ」 せめてわたしの前では…という言葉は出さずに、 それでも少しでもクリスの負担をやわらげたくてそんな言葉をかけた。 「!!!……っ」 その一言で堰が外れたのかクリスがサロメの元へと駆け寄り サロメの胸に顔をうずめた。 「すまない…今だけ、こうさせて…」 「クリス様のお望みのままに…」 サロメがそっとクリスの体を包み込んだ。 ――わたしは…おまえに甘えてばかりいるな… 「…っくしゅん!!」 どれくらい雪の中でよりそっていたのだろうか、 クリスのくしゃみで現実にもどされる。 「!!クリス様お体がこんなに冷えて…さあ中に入りましょう」 「ん、ああ…。あの、もう少しだけこうしていたい…」 「寒くはありませんか?」 「こうしていたら…サロメがいてくれるから、暖かい。」 そんな台詞を真顔で言われては中につれもどすわけにもいかず… 翌日二人して仲良く風邪を引いてしまうのであった。 騎士達はクリスの体調を心配するあまり仕事に身が入らず、 いつもはそれを制止するサロメもいないものだから丸1日ゼクセン騎士団は機能しなかった。 そしてさらに翌日 「サロメ!!具合はどうだ!?」 いきなりサロメの私室にクリスが飛び込んできた。 「クリス様!?…ごほごほっ」 薬のせいかうとうとと眠っていたサロメは突然の訪問者にあわてて半身を起こそうとする。 「そのままでいいからっ!」 それをあわてて制止するクリス。 未だ風邪の完治していないサロメはその言葉に甘えることにした。 「すまない…わたしのせいだ。」 ベッドサイドに座り込みうつむいてそう告げるクリス。 そんな彼女を見ていると自分の不甲斐なさに胸が締め付けられるようだった。 彼女を支えるどころか自分のほうが風邪でダウンして、 彼女にまたいらぬ気を回させて… そうだ、クリス様の体調は…? こんなところに来ている場合ではないのでは…? そう思いサロメはクリスに問いかける 「クリス様も昨日は寝込んでおられたとか…もう大丈夫なのですか?」 「ああ、わたしのことか?わたしのことは心配要らない。」 なんだそんなことか、と軽く首を振るクリス。 実のところは皆がかわるがわる見舞いに来るものだからそうそう休んでもいられなかったのだが そこはクリス。一日で風邪を治してしまったのである。 「それよりもサロメは大丈夫なのか!? サロンに行ってみたら今日も来ていないといわれたから…」 「それで来て下さったのですか。申し訳ありません。 今日一日休んでいれば治ると思いますので。」 その言葉は事実だった。 昨日一日寝たことで体調は大方回復し明日には仕事に復帰できそうだった。 それを聴きクリスはほっ、と表情を緩ませた。 「ああ、それでは一日といわずゆっくり休んでほしい。 わたしがついて看ているから。」 「え……??」 今…なんて?? 顔を見に来てくれただけでもうれしいというのに予想外の展開に思わず聞き返す。 「こうなったのもわたしのせいだ。治るまでわたしが看病するから」 「クリス様が…看病を!?」 うれしさのあまり余計に熱が上がりそうである。 「大丈夫。皆にも許可を得てきたから。」 おそらく強引に言って聞かせたのであろうことは容易に想像できた。 そして皆が次に取る行動も… 「サロメ殿!!見舞いに来ましたぞ!!」 「お加減はいかがでしょうか!?」 etc.etc.… 大勢の見舞い客がクリス目当てで(…というか心配で)やって来る。 ”見舞いって…昨日に来い!昨日にっ!!” …と心の中で悪態をつきつつ 「みなさん。お気遣いありがとうございます。」 などと言ってのけるのはさすが軍師といったところか。 クリスを押しのけ、(というよりはサロメのそばから引き剥がし) 皆がサロメのベッドを囲む。 「みんな…そんなに心配して…。 これほど仲間想いだったなんて騎士団長としても鼻が高いな。うん。」 そんなことを言いながらクリスは壁にもたれかかり このほほえましい(?)光景を うんうん。と時折頷きながら眺めていた。 面白くないのはサロメのほうだが… 「せっかく来ていただいたのですお茶でもお淹れして…」 と、サロメは起き上がろうとして… 「…ごほっ、ごほっ…」 やけに不自然な咳をしてうずくまる。 「!!!サロメ!!大丈夫か!?」 しかしそれに気づかずあわてて駆け寄るクリス。 クリスの心配そうなまなざしを受け、サロメは罪悪感で胸が少々痛んだ。 しかしここは心を鬼にして演技に徹することにする。 「だ、大丈夫です。ゴホゴホ…」 「皆、もういいだろう?どうかゆっくり休ませてやってくれないか?」 かなりお粗末な演技にもかかわらずクリスはすっかり騙されて、皆に進言した。 なにか納得しないものを感じつつも …クリス様がそういうなら…と皆はしぶしぶ部屋を後にすることとなった。 どうやらサロメの策は成功したようである。 「さあ、静かになったぞ。ゆっくり休んでくれ。」 「クリス様。ありがとうございます。」 「そんな、礼など…たまには私にも世話を焼かせてほしい」 ―いつも甘えてばかりいるから… 「クリス様…」 こうして見事に至福の1日を過ごしたサロメであった。 |
TOPへ | ![]() 幻水topへ |