act 2 :「はじまりました」


 一体、何だって言うの。

 家庭教師を雇うのも突然なら、授業が始まるのも突然。

 母親との挨拶を済ませたら、いきなり私の部屋に入っての授業。

 それも、実力が知りたいとか言って、いきなりテストだってさ。

 いくら温厚な私でも、キレるよ。ホントに。

「……どうかしましたか」

「別に」

「問題に集中してください。そんな目で見つめられたら、答えを教えたくなりますから」

 食えない奴。

 私の不機嫌をわかってて、それでいて惚けようっていう肚らしい。

 大体、この問題って中学生レベルじゃないの。

 いくらなんでも、みくびり過ぎだっての。

 中学生程度の問題でヘマかますほど、頭の弱い子じゃないわ。

「それで、このテストが終われば、今日は終わりなのかしら」

 残りは数問だ。この程度なら問題ない。

 さっさとこの家庭教師を帰して、ゲームでもするか。

「テストは終わりですよ。持ち帰って、傾向と対策を練らなければなりませんから」

「んじゃ、さっさと済ませるわ」

「はい」

 二次関数なんて、単に公式に当てはめていけばいいだけ。

 同じ手が通用する、後出しじゃんけんみたいなもんだ。

 やり方のパターンさえ分かってれば、あとは計算さえ間違えなければいい。

「変なこと聞くけど、先生はコレでいくらもらうわけ」

 私はペンを動かしながら、気になったことをストレートに口にした。

 あ、でも、こんな風に聞いたら、答えないかな?

「一回につき、五千円です」

 五千円か。まぁ、妥当な線かな。

 ちょっと高い気もするけど。

「私以外にもやってるの?」

「いえ、そう何人も一度に引き受けられません。僕自身の学業もありますから」

「大学生?」

 まだ顔が幼いし、そんな気がした。

 気の弱そうな感じだけど…まぁ、最初のうちは大人しくしてようかな。

 さんの立場もあるだろうしね。

「えぇ。さんよりは年上ですよ。あ、終わりましたか?」

「うん」

 テストを渡すと、さんはすぐに丸付けを始めた。

 あんなこと言ってたから、てっきり家に持ち帰るんだと思ってたけど。

 そう言えば、先に終わらせた英語のテストの採点は終わってるみたいだった。

 頼りなさそうに見えるけど、結構しっかり者なのかなぁ。

 私がぼんやりと待っていると、さんはしばらくして顔を上げた。

「まぁ、大体のところはあっていますね。基礎的なことは出来ているようです」

 まぁ、ね。

 別にアンタに褒められても嬉しくないけどさ。

 それに、中学生レベルは出来て当たり前でしょ。

「そう。じゃ、今日はおしまいね」

 そう言って、席を立つ。

 もう、どうでもいいから、早く追い出したい。

 考えてみれば、この部屋に男の人を入れたのって初めてだわ。

「……まぁ、終わりましょうか」

 テストをトントンと整えて、さんが立ち上がった。

 見送る振りをして、さっさと部屋の外へと追い出す。

 部屋のドアを閉めてホッとした私に、急にさんが振り返ってきた。

「あ、そうそう。これからは、ベランダからの逃亡はしないでくださいね」

 笑顔で、そう言われた。

「……アンタの授業が嫌にならなかったらね」

「一緒に頑張りましょう」

 て……その手は握手の?

 いきなり握手を求められてもなぁ。

 でも、まぁ、私も深窓のお嬢様だし、こういうことには慣れてるつもり。

「えぇ。お願いするわ」

 

 こうして、私との初めての授業は終わった。

 相性は良かったらしい。

 とりあえず嫌いにはならなかったし、の教え方も分かりやすかった。

 そして何より、ほんの少しだけ大人なの教えてくれる勉強以外の雑学は、私にとっていいお茶菓子だった。

 

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