大人の事情


 僕の名前は、アシュトン=アンカース。
 ちょっと背中にギョロとウルルンっていう二匹の龍がくっ付いてたりもするけれど、まっとうな冒険者だ。

 冒険者と言っても、端から見れば流れの戦士。実力はあっても、どこか妖しさが漂う旅人だ。
 ましてや龍をくっ付けてるから、何か大きなものを背負った旅の戦士に見えるんだろうな。

 

 

 僕が今どうしているかというと、マントを脱ぎ捨てて、柔らかいベッドの上に寝転がっているところ。

 本当に久しぶりの柔らかいベッド。普段は野宿か安宿だからね。

「はぁ〜、たまにはいいなぁ」

 出来る限り無駄な出費を抑えるのが、流れの戦士の必須条件。

 僕だって、それくらいのことは当然してるんだよ。

 

 なのに、どうやら僕は不幸の星の下に生まれてきたらしい。

「あら、アシュトン、こんなところにいましたの?」

 このタカビーでちょっと綺麗な魔女さんは、セリーヌ=ジュレスっていうトレジャーハンター。

 ま、たいして僕と職業が違うわけじゃないか。
 冒険者が宝集めに興じれば、それは立派なトレジャーハンターだしね。

「どうしたの?」

「あなたを探していましたのよ」

 こんな綺麗なお姉さん(彼女は僕より三才も年上だ)にこんなこと言われたら、普通は嬉しいんだけど……。

「あなたにも手伝ってもらおうと思いまして」

「手伝うって、何を?」

「ちょっとしたアルバイトですわ」

 ……ほら、妙な話になってきた。

 どうせロクなもんじゃないんだ。

「アルバイト?」

「そう。クロス洞窟のマッピングですわ」

 ……はい、予感的中。

 自慢じゃないけど、悪い予感だけはどんな些細なことでも外れたことがないんだよね、僕。

「そんなの、クロードが治ってから、みんなで行けばいいじゃないか」

「悠長なことは言ってられませんの。ここの宿泊料金、いくらだと思ってますの?」

「二部屋くらい、一週間でも大丈夫だよ」

「……私、それほど持ち合わせがないんですの。あなたが仲間になる直前に、実家に置いてきてしまって」

「だったら、早便で送ってもらうとか」

「それにもう、引き受けてしまいましたの。今更、後には退けませんわ」

 

 ……こうして、僕の平穏な日々は数時間で幕を閉じた。

 

 


 僕等は今、四人でパーティーを組んでいる。

 そのリーダーのクロードが疲労で倒れちゃって、一応彼女らしいレナって娘が付きっ切りで看病。

 で、暇になったお姉さまのお相手は、当然の如く僕にまわってきたというわけだ。

 

 

「で、クロス洞窟の何をマッピングするわけ?」

「全部ですわ」

「ぜ、全部?」

 ……この洞窟、とてつもなく広いって噂なんだよね。

「一度、古文書を取りにここに来たことはあるんですけど、結構広かったですわね」

「それを、二人で?」

「そうそう、怪物がよく出てくるから、よろしくお願いしますわね」

 ……もう、既に最強の怪物に遭遇してる気がするのは、気のせいなのかな。

 うんにゃ、気のせいなんかじゃない!

「回復アイテムはすべて私が持ちますから、あなたはしっかり周囲に気を配りなさい」

 ……それって、いざとなったら自分一人で逃げても不都合がないように……なのかな?

「さ、行きますわよ」

 セリーヌさんのロッドが、僕の背中を突付いた。

 僕の背後を歩いて、マッピングはしてくれるみたいなんだけど、これってただの露払いだよね、僕。

 

 

 とは言っても、所詮は僕も冒険者のはしくれなわけで、こんな洞窟は楽しくて仕方ない。

 クロードはまだまだ苦手みたいだけど、僕やセリーヌさんにはこっちの方が心が踊るみたいだ。

「……なんか、落ち着きますわね」

「そうだね」

「以前に来た時は隈なく探すことはありませんでしたから」

「お、ルビー見っけ」

「違いますわよ。それ、柘榴石ですわ」

「ま、いいや。とりあえず持って帰って鑑定しようよ」

「じゃ、この袋に」

 鉱物資源採取用に、専用のリュックは持参してる。これに拾った石を入れて、街で売りさばくのだ。

 まぁ、怪物の毛皮をはいだり、その肉を持ち帰ったりすることもあるけれど、こっちの方が簡単。

「ゴロゴロ落ちてるね」

「今度は、鑑定の用意もしてこなければなりませんわね」

 マッピングが行き止まりになるごとに、僕等は手頃な石を集める。

 これくらいの根性がなきゃ、冒険者になんてならない方がいいかもしれないね。

 

 

 時々出て来る怪物も、大した敵じゃない。

 クロス辺りに出て来る怪物なら、僕だけでも十分対処出来る。

「アシュトン、左ッ」

「人参お化けが!」

 向こうが気付く前に、クロスラッシュ!

 フフン、僕だって弱くはないんだからね。

「アシュトン、後ろからも来ましたわ」

「リーフスラッシュ!」

 一気にケリをつけた僕に、セリーヌさんが拍手だけをくれた。

「さ、次々」

「……ちょっとくらい、誉めてくれてもいいんじゃないのかな」

 ……なんてことも思うけど、ま、いいや。

 

 


 結局、マッピングは一日では終わりそうになかった。

 頑張れば洞窟を抜け出せるかもしれなかったけど、セリーヌさんの意見で、今日は洞窟にお泊り。

「あまり無理をして、今度はあなたが倒れたら大変でしょ」

 一応気を使ってくれたみたいだけど、火を熾すのはギョロだし、火の番も僕。

 本人はさっさと寛ぎタイムだ。

 

「アシュトン、あなた、どう思います?」

「どうって……何が?」

「ソーサリーグローブのことですわよ」

「……まぁ、本当だとは思うけどね」

 ソーサリーグローブってのはエル大陸に落ちた、クロードに言わせると隕石というヤツらしい。

 それが現在の厄災の元凶らしいんだけど、僕等はそれの調査を依頼されているんだ。

「確かに邪悪な気は強く大きくなっていますけど、もしも星の外のものだとしたら、どうしようもないですわね」

「まぁ、クロードが知ってるかもしれないし」

「そのクロードだって、服装以外は私達と全く変わりがありませんわ」

 ……うーん、確かに。

 でも、キカイっていうのには滅法詳しいんだよね、クロードは。

「……ま、今は目の前のことを一つ一つ片付けるだけですわね」

 心の中だけで答えたのは拙かったかな。

 セリーヌさんは身体を平らな所に横たえると、毛布に包まった。

「火の番、頼みましたわよ」

 さっさと寝ちゃったセリーヌさんの寝顔見れて、ちょっとラッキー……なんて思うからダメなんだよね、僕。