これから始まるだけだ!
(中編)


「……と、以上が作戦の概要です。とにかく、航空写真を撮ってみなければ、爆撃も上手くはいかないと考えられます」

 そう結論付けて、ナタルが作戦盤から指し棒を外す。
 同席している少尉クラスの幹部たちが頷きあい、立っているナタルを見つめた。

「では、予定通り、今日の正午に上空を通過させる旅客機を用意させよう」

「よろしくお願いする」

 ナタルの言葉で幹部たちが立ち上がったとき、末席に腰を下ろしていたトノムラが、素朴な疑問を口にした。

「航空写真よりも、衛星写真を手に入れたほうが早いじゃないですか。それに、そっちの方が正確でしょう」

 的を得た下士官の言葉に、数人の尉官たちが視線を伏せる。
 ナタルは真っ直ぐに背筋を伸ばしたまま、トノムラの疑問に対する回答を告げた。

「敵のアジト上空は、軍の軍事衛星が常に占有しているのだ」

「だったら、尚更じゃないですか。そこの衛星で撮った写真をもらえば」

「可能であれば、私もそうするだろう。だが、軍事衛星とは名ばかりの、ブルーコスモスの占有物だ」

「ブルーコスモスのって言っても、軍事衛星なんでしょ。それだったら、関係筋を通せば」

「通せば、奴らはアジトを変えるだろうな」

 ナタルの言葉に、トノムラが呆けたように言葉を切った。
 上司の言葉が脳に達し、何とか処理を終えた途端、トノムラは乾いた笑顔を浮かべていた。

「それって……軍の上層部に守られてるテロリストってことですか」

「そうだ。ブルーコスモスの一派と我々は敵対関係にある、と言ったほうがわかりやすいか」

「んな無茶な。最高司令部幹部すら、ブルーコスモスの一員だって話じゃないですか。何で、そんな危ないことを」

「ただの派閥争いではない。彼らの言う理想が前面に押し出されればどうなるか、子供でもわかる理屈だ。
 コーディネイターとの全面戦争となれば、技術に勝る彼らと物量に勝る我々の戦争が泥沼化するのは明らかだ。
 そのような状況が、望ましいはずもない」

 ナタルからはっきりと言い切られ、トノムラは尉官たちを見回し、最後に隣に座っているノイマンを見つめる。
 当然のように頷き返したノイマンのさらに奥では、草薙が同じように唇を真一文字に引き結んでいた。

「それじゃ、今回の特務って」

「詳しいことは知る必要はない。だが、お前がこの会議に参加した以上、抜けられると思わないことだ」

 冷静に、淡々と事実を述べるナタルに、トノムラの笑顔が徐々に引きつっていく。
 まるで油をさしていない機械の動きのように、擬音語つきで首をまわしたトノムラの肩へ、ノイマンが静かに手を置いた。

「諦めろ。今、ここで特尉に撃たれるか。それとも、俺たちとともに歩み続けるか。選べ」

「……オレ、今の命が惜しいです」

 トノムラがそう言うと、ようやくナタルが口許を緩めた。
 緊張の糸が切れたようにトノムラが座りなおすと、それまでは議事の進行を黙って見ていたノイマンが立ち上がった。

「特尉、トノムラの言うことももっともです。もう一度、考えてみませんか」

「何をだ」

「衛星写真が手に入れられないかです。例え旅客機だとしても、彼らが気付けば、それなりの対応をして来るでしょう」

 ノイマンがそこまで言うと、ナタルは穴が空くほど、トノムラの顔を見つめた。
 トノムラが気味悪がって視線をそらすと、ナタルは声を低くしながら問い掛けていた。

「トノムラ、何重のプロテクトまでなら、潜り抜けられるか」

「え、と……最重要プロテクト以外なら、五段階までなら」

「本当だな」

「はい、まぁ、多分」

 トノムラの言葉に、尉官の一人がナタルへと進言する。

「通常、軍事衛星のデータプロテクトは五重にもガードされていないでしょう」

「そうか。だったら、衛星の軌道さえいじらなければ、気付かれることなく衛星写真を手に入れられる」

 顔を見合せた尉官たちの動きを抑えておいて、ナタルは尉官の一人に尋ねる。

「用意は出来るか」

「外から回線を引っ張るなら、二時間で。軍のシステムを利用するなら、一時間で出来ます」

「二時間だ。念のため、二時間半後に開始する」

「わかりました」

 尉官の一人が作戦室を飛び出していく。
 本人の了承無しに作戦でのウェイトが上げられたトノムラに、多くの視線が突き刺さる。
 居心地悪そうに身じろいだ彼の正面に立ち、ナタルはもう一度トノムラに確認のための台詞を告げた。

「やれるな」

「やりますよ。やるしかないんでしょう」

「期待している」

「おまかせ……です」

 途中で生唾を飲み込みながら頷くトノムラの耳には、彼自身の心音が響いていた。

 


「……あー、何か、特務ってのも楽じゃないですね」

「楽な仕事などあるはずがない。軍に来た以上、どこで命を落とすかすらわからないのが当たり前だ」

「一生訓練キャンプでもよかったですよ、オレは」

「くだらないことを言ってないで、さっさと仕事をしろ」

「してますよ。今、予防線張ってますから」

 愚痴をこぼしながらも、トノムラの指は素晴らしい速さでキーボードの上を走っていた。
 画面の右隅に固定された回路図のようなものを横目で確認しながら、次々とダミー回路を作り上げていく。

「通常なら、この程度でいける筈なんですけどね」

 そう言って、トノムラが指を止めた。
 ノイマンが背後にいるナタルを振り返り、ナタルは小さく頷いてみせた。

「よし、やれ」

「オッケーです」

 カーソルが画面を走り、アイコンをダブルクリックする。
 その途端、画面が黒一色に覆われ、ナタルは思わず腰を浮かせていた。

「あー、大丈夫ッス。基本的には自走プログラムなんで。後は細かい経緯を隣で見ます」

 そう言って、トノムラが隣のディスプレイを点ける。
 確かに次々とコマンドが実行されていく様子が、ナタルにも確認できた。

「まぁ、この辺は序の口なんですけどね」

「大丈夫なんだろうな」

「まぁ、民間の弱いサーバーがいくつかパンクするかもしれませんけどね。軍のシステムの癖が変わってなけりゃ」

 そう答えた次の瞬間、トノムラの指が再び走り出した。
 今度は画面に表示されたプログラムを適当なところでいじり始めている。

「……と、画像はコレだな。菊鹿さん、準備いいッスか」

「いつでも」

 トノムラがキーを叩き、草薙の持っているパソコンに、次々と画像データが流れ込んでくる。
 その様子に、ナタルは感嘆のため息を漏らした。

「ほぅ……やるな」

「あー、これで、また新しいプログラム作らなきゃ」

「今回のようなことが、そうそうあるわけではない。時間はやろう」

「頼みますよ……っと、限界かな」

 そう言うと、トノムラはあっさりと回線を引き千切った。
 それと連動して、尉官の一人がサーバーの回線をダウンさせる。
 最初から無線受信を続けていた草薙のパソコンにも、最後の画像が転送されて、受信が終了する。

「宿舎を叩くか」

「写真の検討は、特尉にお任せします。アーニィ、調整に入るわ」

「わかった。トノムラ、ついて来い」

「はーい。んじゃ、特尉、お先に」

 一礼して機体を調整に行った三人を見送り、ナタルは大きく息をついた。
 尉官の一人がデータを印刷し、ナタルをはじめとする数名が爆撃ポイントを判断する。

「まずは宿舎の爆撃が優先ですな。こちら側の手持ちの白兵は多くない」

「そうだな。後はこの茂みか。高射砲等を設置するなら、ここ以外には考えられん」

「ですね。なら、ルートはこのルートで」

 元々、ブルーコスモスに一矢を報いるためのエリート集団の集まりである。
 データが正確であるなら、作戦立案は容易い。しかも、ナタルは実戦も潜り抜けた経験の持ち主である。

 ものの数分で作戦が立案され、後は各部の約束事を確認し、作戦会議が終了する。
 ゲリラ掃討作戦までは、残り一時間となった。

 ナタルはすぐに爆撃機に乗り込み、すでに機体調整を終えたノイマンたちと合流する。
 CIC内部に三人を集めたナタルは、ようやく姿勢を楽にした。

「よくやった、トノムラ」

「ま、あとはバレなきゃってことですよね」

「その点は心配ないだろう。キッカ、後はお前に任せる」

「了解。爆撃の指示はバジルール特尉が出されるのですか」

「いや、ブレーダー少尉が執られることになるだろう。それより、先遣隊も乗る分、機体は重くなる。覚悟は出来ているな」

「今まで、ただ過ごしてきたわけではありません。私も、それなりの覚悟でここまで来ました」

 口許を引き絞った草薙に、ナタルは軽く詫びた。

「すまない。もちろん、信頼している。これから先、何があろうと、お前たちは私の部下だ」

「当然です。ようやくバジルール特尉の下に帰って来れたんです。俺たちの力、見せつけてやりましょう」

「あぁ。やってやろう」

「はい」

 派手にハイタッチを交わすということもなく、四人は静かに視線を交わしあう。
 ナタルの自信ありげに緩められた口許が、全てを物語っていた。

 


後編へ