これから始まるだけだ!
(後編)


 爆撃音とともに、窓の外から閃光が飛び込み、次の瞬間には窓ガラスが弾け飛ぶ。
 熱気が充満し始めた部屋で、一人の男がベッドから跳ね起きた。

「どうした、何が起こっている」

 常に部屋の外に待機させている部下へそう尋ねた男は、部下が失神しているのを見つけ、小さく舌打ちした。
 二人を配置しているはずが、一人は床に伸びており、もう一人は既に部屋の前から姿を消しているようだった。

「使えん奴らだ」

 男は上着を羽織り、拳銃の残弾数を確かめると、素早く部屋の外に出た。
 時々聞こえてくる爆音が、男に躊躇する暇を与えさせなかった。

 男はすぐさま建物の裏手へ出ると耳をすませ、じっと空気の振動を読み取る。

「爆撃機……それも、軍のものか」

 そうしているうちに、男の部下たちが男の姿を見つけ、手にしているマシンガンをかかげながら走り寄ってくる。
 その中の一人に現状を報告させ、男は部下をまとめて森の中へと逃げ込んだ。

「爆撃だと……一体、何があった」

「わかりません。南の方から急に来やがって」

「高射砲隊はどうした」

「真っ先に爆撃を受けちまいましたよ。連中、まるで詳細な位置まで知ってやがるみたいで」

「バカな。ここの上空は常に……まさか、切られたのか」

「ボス……」

 男の微妙な表情の変化を感じ取った部下たちが、不安そうに男を呼ぶ。
 男は徐々に集まりだした部下を連れ、さらに森の奥へと進軍を開始した。

「とにかく、連中に先手を取られちまってんだ。今は退いて、気を窺うしかない」

「はい」

 すぐにチームを組ませ、その中の二隊を先遣隊として斥候に使い、男は燃え盛るアジトを振り返った。
 頼みの高射砲は既に沈黙しており、パラシュート部隊のものと思える白い落下傘が次々と下りてくる。

「見事にやってくれたな。ウチを切った代償は高くつくぜ」

「ボス、斥候の一人から連絡です。既に交戦中とのことです」

「先回りか。えらく用意周到だな」

「ボス、どうしますか」

「ゲリラ戦しながら、逃げ出すしかねぇな。森に入られる前に叩いておくぞ。連中の出鼻を挫いてやれ」

「オスッ」

 男の指示で、森の奥へと進んでいた部隊が反転する。
 素早く陣形を組み直し、予め決められていた配置場所へと駆け戻っていく。

 部下たちの動きをしかめっ面で眺め、男は自身もライフルを担ぎなおした。
 幸い、弾丸数は十分に確保できている。数時間の撃ち合いが続いたとしても、もちこたえられるだろう。

「クソッ、いい加減にして欲しいぜ。連中がオレたちを切るなんてなッ」

 そう毒づいたときにはもう、先陣を切った部下の銃声が鳴り始めている。
 軍のパラシュート部隊がいかに優秀でも、着地直後の反撃などはタカが知れている。
 男は自身も最前線へ近い場所へ顔を出すと、スコープに目を通した。

「よく見えるぜ……あの世行きだッ」

 

 


 

 パラシュート部隊の降下直後に報告されたゲリラからの反撃は、ナタルの想定内の規模だった。
 元より、第一撃の爆撃だけで決着がつくとは思っていない。ナタルはすぐさま次の手を打ちに入った。

「海上砲撃はまだか」

「はい。まだ作戦海域に味方艦船は見えません」

 オペレーターの報告に、ナタルは小さく頷いた。
 その様子を振り返って見ていたトノムラが、ナタルに睨み返される。

「トノムラ、地上部隊からの報告はまだか」

「あ、はい。まだみたいッス」

「抵抗するとは思っていたが、意外にも手強いな」

「ですねぇ」

 トノムラが真の抜けた相槌を打った時、機体が右に傾き始めた。
 気になったナタルは、副操舵士席にいるノイマンへと回線を開かせた。

「どうした」

『いえ、第二撃の用意が出来ました』

「空爆か」

『森の中に残りの爆薬を叩きこんでやりましょう』

「効果は薄そうだがな……」

『地上部隊の援護になれば十分でしょう。このまま降下を続けても、被害が増える一方です』

 ノイマンの進言に、ナタルは口許に手をやった。
 そして、おもむろにトノムラへと尋ねだす。

「トノムラ、残りの爆薬数はいくらだ」

「焼夷弾なら三十発、撤甲弾なら六発残ってますよ」

「焼夷弾を用意させろ。森の境目を焼き払い、敵軍を後退させる」

「オッケーです」

 トノムラが準備に動き、ナタルはノイマンへ作戦の追加を伝える。
 ナタルの指示に応えて、草薙がエンジンの回転数を上げた。

「後発のパラシュート部隊の援護が目的だ。せいぜい派手にやってくれ」

『進路を境目に合わせます。進入進路の指示を』

「面舵三十。進入角度は突撃。敵にこの艦を狙う余裕はない。至近距離から叩きこめ」

『了解。面舵三十、進入角度は十五をとります』

 機体のGの向きが変化し、トノムラが爆撃ボタンの上に指を置いた。
 正面のモニターを見据えていた爆撃士官が、トノムラの肩を叩く。
 一呼吸もおかずにトノムラの指がボタンを押し、バラバラと焼夷弾が森へと降り注いでいく。

「第三撃は必要ない。トノムラ、後発部隊の状況を報告しろ」

「無事に降下しました。第一陣と合流し、アジト内の制圧に入ったようです」

「よし。制圧の報告が済み次第、我々も着陸する。キッカ、進路を着陸予定地へ向けろ」

『了解。針路変更、着陸予定地へ』

 軍帽のズレを直し、ナタルはわずかに口許を舐めた。
 そして、切れない程度に力強く唇をかみ締めた。

「長官……もうすぐです。もうすぐ、貴方たちの仇をとります」

 その呟きは、トノムラにさえ聞こえないほどの小さなものだったが、ナタルは小さく首を振った。
 感傷を振り払い、静かに目を瞑り、艦の着陸を待つ。

 しばらくして、着陸の際の独特の衝撃が過ぎ去り、エンジン音が暖機運転のものへと変わる。
 ナタルはノイマンが副操舵士席から出てくるのを待って、CICの中から抜け出した。

「トノムラ」

「地上部隊より入電。敵司令部の制圧に成功。これより、殲滅戦に入るとのことです」

「フン……どうせ連中の主戦はゲリラ戦を仕掛けてくる。司令部の制圧などに意味はない」

「特尉、どうされますか」

 ナタルをはさんでトノムラと向かいあったノイマンが、ナタルへと問いかける。

「決まっている。この私が前線の指揮を執る。用意しろ、ノイマン」

「了解。キッカ、後は任せた」

「いつでも応戦できるように、準備はしておくわ。リードの仇、とってきてよ」

 草薙の言葉に頷いて、ナタルは二人を連れて艦橋を後にする。
 そして、既に出撃準備を終えていた陸戦隊を率いて、まだ煙の燻っている荒野へと降り立った。

 銃撃戦は続いているのか、遠くの方から罵声と怒号が響いてくるのを、ナタルは顔をしかめて振り返った。

「随分とてこずっているようだな」

「どうなさいますか」

「第一班と第二班は先遣隊の援護に回れ。第三班は高射砲台の爆破。残りは私の指揮の下、ゲリラ戦で迎え撃つ」

 ナタル自身、サブマシンガンを構えて周囲を見回す。
 一番先に目に付いたのは、既に焼き払われた森の境界線だった。

「ゲリラ戦の基本は逃走経路の確保と高低差の確保だ。ノイマン、お前ならばどのようにしてこの難局を逃げ切る」

「海に出るのが妥当です」

「そうだ。森の奥へ進んで行ったとしても、山狩りが始まれば逃げきれる公算は低い。やはり、海だな」

「海に続く街道となると、コレですね」

 手に持っていたハンディパソコンを開き、トノムラがコピーしておいた衛星写真を拡大する。

「……なるほど、ありえない経路ではないな」

「この岬なら、逃走用の船も隠せるでしょう。海上封鎖していない以上、海から逃げようとする可能性が高い」

「そうだな」

 ノイマンの見解に小さな声で答え、ナタルはレシーバーで草薙を呼び出した。
 待機していた草薙も、すぐさまそれに答える。

「ボートは用意できるか」

『モーターボートが一隻ありますけど、どうするつもりですか』

「すぐに準備させろ。海上で奴を迎え撃つ」

『五人乗りです。まさか、特尉が乗り込まれるおつもりですか』

「狙撃兵は何人残っている」

『全員出払っています』

「私が出る。五分で準備させろ」

『はい』

 ナタルは通信を終えると、トノムラを司令部へと走らせた。

「狙撃兵を二人と、狙撃ライフルを四丁だ」

「ライフルを四丁ですか」

「そうだ。貴様と私の分で十分だ。運転しながら狙わせるまでもない」

「はい」

 トノムラが走りだすと、ナタルは表情一つ変えずに、背後にいるノイマンへ声をかけた。

「狙撃成績だけは悪かった筈だな」

「その通りですよ」

「射線を確保してくれればいい。リードの仇、私に任せてもらうぞ」

「お願いします」

 そう言って頭を下げたノイマンに、ナタルはゆっくりと頷いてみせた。

 

 


 

「……来たッ」

「トノムラ、敵艇のスペックは?」

 ノイマンの質問に、双眼鏡を覗いていたトノムラが即座に飛び出してきた艇の種類を判別する。
 そして、双眼鏡を覗きながら静かな声で判断を口にする。

「余裕で追いつけますよ。航続距離も、タンクを積んでいたとしても、こちらよりは短いはずです」

 トノムラの判断を信じ、ナタルは敵艇が目の前を通り過ぎて行くのを黙認する。
 敵艇が陸地へ戻れないように十分な距離をとった上で、ようやくノイマンの肩を叩いた。

「行け」

「行きますよ」

 既に暖機運転を済ませていた船が、ノイマンの手足のようにするすると進みだす。
 ナタルは早くもスコープの距離感を合わせ始めた。

 ナタルたちの船に気付いた敵艇が速度を上げても、ノイマンの直線的で無駄のない操舵に、距離が縮まって行く。
 まだライフルを構えずになりゆきを見守っていたトノムラが、思わず感嘆の声を漏らす。

「凄い……スペックの差があるにしても、速過ぎる」

「お前も構えろ。射線は俺が」

 ノイマンがトノムラへそう指示をした時、自艇の不利を悟った敵艇からの射撃が始まった。
 射線から離れ、ノイマンが速度を落とすことなく敵艇との距離を詰めていく。

 ナタルの放った第一撃が、トノムラたちの引き金を軽くする。
 繰り返される威嚇射撃の間に、ノイマンが速度を落とす。

「風上に立ちました」

「よく狙え! 中国系の男が首謀者だ!」

 声を張り上げながら、ナタルも必死でスコープを小刻みに左右へ動かす。
 数度首を振ったところで、見覚えのある顔がスコープに映しだされた。

 ゆっくりと引き金に指をかけ、波の揺れにスコープを固定する。
 敵から放たれた銃弾がそばを掠めても、ナタルは身を隠そうとはしない。

 ただ真っ直ぐに、久しぶりに見るチェン=ヤンの顔を見つめていた。

「特尉!」

 制止しようとするトノムラの声が耳に入っていないのか、ナタルは微動だにせずに呼吸を整えた。
 それまでは回避運動を取っていたノイマンが、進路を固定する。

 非難しようと背後を振り返ったトノムラの耳に、甲高い銃声が聞こえた。

「リード、少佐……仇は討ちました」

 風に乗って聞こえてきたナタルの呟きを聞き返そうとしたトノムラの頬に、水滴が当たる。
 ふと、頬を拭った手の甲を舐めたトノムラには、海水の味は感じられなかった。

 ナタルが遮蔽物に身を隠すと同時に、ノイマンがトノムラの背中を蹴飛ばす。
 慌てて、トノムラがライフルを構えなおす。

「船体を狙え。もはや射殺する理由もない」

「はい!」

 ナタルではなくノイマンが指示を出したことに、多少の違和感を覚えながら、トノムラが引き金を引きまくる。
 わざわざ威力の高いライフルを選んだトノムラの選択が功を奏し、間もなく敵艇が炎に包まれる。

 それを見たノイマンがナタルの指示を仰ぎ、ナタルは帰還を命ずる。

「これ以上の深追いは無用だ。あの男は、既に死んだ」

 そう告げたナタルの頬には、化粧を乱暴に拭ったような痕ができていた。

 

 


 

「ノイマン」

 施設の屋上の柵にもたれかかっていたノイマンは、背後からかけられた声に首を捻じ曲げた。

「特尉」

 ナタルがノイマンの隣に並び、同じように柵に腕を乗せた。
 首を元に戻したノイマンは、何気ない風に雲を見つめていた。

「今日は休暇のはずだろう」

「ここに来て数日。街に行くにも、気が引けましてね」

「そうか。皆、思いは同じということだな」

 ナタルが手を挙げると、扉のところに隠れてでもいたのか、草薙とトノムラの二人が姿を現した。
 二人がノイマンとナタルを挟むようにして柵にもたれかかり、四人は誰からともなく笑いだした。

 笑いの発作がおさまると、ナタルが柵から離れ、振り返った三人の前に立つ。

「ここから先、清算できる過去はもてないと思え」

 そう言ったナタルに、ノイマンはフッと口許を緩めた。
 ノイマンの表情を見るまでもなく、と言ったように、草薙がナタルのほうを向いたままで肩を竦める。
 さらに一呼吸遅れて、トノムラがニッと笑う。

「どこまでもお供します、バジルール特尉」

「アーニィだけ連れてくなんてこと、二度としないで下さいよ」

「何かよくわかんないけど、とりあえずついていくッス」

 最後のトノムラの言葉に、ナタルが思わず苦笑する。
 それにつられるようにして、四人は再び表情を緩めた。

 そして、四人の中央に伸ばされた草薙の手の上に、右手を順々に重ねていく。

「貴様たちの命、最後の一瞬まで預からせてもらうぞ」

「お預けします」

「もちろんですよ」

「オレも仲間ってことですよね」

 またもやワンテンポ遅れているようなトノムラの言葉に、今度は草薙がフォローする。

「当たり前でしょ。ナタル組はね、一度入ったら抜けられないのよ」

「それじゃ、遠慮なく!」

 妙に元気なトノムラの声は、また四人を笑わせた。

「んー、ファイ!」

 重なり合っていた手を弾けさせ、草薙が空を仰ぐ。
 何のためらいもなく草薙に続いたトノムラを見て、ナタルも同じように空を仰ぐ。

 最後に残ったノイマンは、腰に手を当てながら、三人の見詰める空を見上げた。
 見上げた空は、四人の瞳のように透き通った青い色だった。

 

<了>