運命を切り開け!

(前編)


 幼い頃からの俺の夢。
 それは宇宙船のパイロットになることだった。

 

 

 地球連合軍大西洋艦隊ウェールズ基地軍学校。
 ハイ・スクール卒業と同時に、俺はウェールズ島にある軍学校へ入学した。

 ハイ・スクール時代の友人たちには笑われたが、俺は幼い頃の夢を追いかけた。
 一般の企業に入るよりも、軍に入って操舵士の道を歩むの方が確実だと思ったから。
 軍の宇宙艦隊に潜り込めれば、黙っていても宇宙で船を操れる。
 もしも何かの具合で上手く行けば、宇宙船の艦長にもなれる。
 幼い頃、艦長という職業に憧れていた俺にとっては、夢のような職業だった。

 無論、親には反対された。
 コロニーとの不仲が噂されているこの時勢に、何故軍に入るのかと。

 でも、俺は入学のための書類を突きつけて、五時間粘った末に判を捺させた。
 操舵士の道から外れないと言う約束をして。

 今のところは、操舵士クラスから外されることもなく、無事に単位を取り続けている。

 

 

「ねぇ、アーノルド」

「何だ、キッカ」

 菊鹿=草薙。
 生粋の日本人だと言う彼女は、わざわざウェールズ軍学校に来た変り種だ。
 何でも、誰かを追いかけてここを選んだらしい。

「今日は、演習があるんだって」

「またか。ここは新任仕官が多いわけじゃないから、なかなか演習なんてないと思ってたんだが」

「定期的なもんよ、こういうのは。襲撃予想プログラム。私たちも手伝わされるわけ」

「マジかよ……今日、カフェに行くつもりだったのに」

 男の友人二人と、新しくできたカフェに行くつもりだった。
 凄く評判がよく、ナンパの折にでも寄るべく研究するつもりだったのに。

 そんな俺の気持ちが表情に出ていたのか、キッカの奴は、にんまりと笑いやがった。

「残念でした。アーノルドに、ナンパは似合わないぞ」

「……ほっとけ」

 自慢じゃないが、ナンパなど成功した例がない。
 別に変な趣味を持っているわけでもないが、友人曰く、熱意が足りないそうだ。

「それで、手伝いって?」

「襲撃役。一クラス三人がノルマ。……と、いうわけで、よろしく」

「俺が?」

 何の因果か、キッカはクラス長で、俺はその親友と言う立場らしい。
 軍学校にいる女なんて少ないものだから、クラスにいる女はキッカ一人だ。
 自然と面倒ごとはキッカ繋がりで、俺ともう二人ほどいる仲間にまわってくる。

「あと一人はリードに頼んである」

 リードも俺の親友で、本名はケンフィールド=リード。
 操舵士クラスの中では一番銃器に詳しい。
 実際、何故操舵士クラスにいるのかわからないほどの腕前を持っている。
 本人の話では、海で舵を採りたいそうだ。
 昔の映画に出てくる、あのくるくる回る舵を触りたいらしい。

「……お前、本気で襲撃する気か」

 俺が不安になって尋ねると、キッカはにぱっと笑った。
 軍人は数多くいれど、”にぱっ”と笑うのはコイツくらいのもんだ。

「本気でやっていいって言われてるし。それに、バジルール准尉にいいとこ見せれるしね」

 ナタル=バジルール准尉。
 今年になってウェールズ島に配属された、新任仕官。
 准尉ではあるが、相当優秀な人物らしい。

 俺と同い年ということを聞いているが、向こうは飛び級でハイ・スクールを卒業している。
 丸一年、あちらの方が前を進んでいるというわけだ。

「あの人か。あの人、本気で撃ってきそうだな」

「弾はゴム弾。当たると痛いけど、死にはしないわ」

 当たり前だ。
 訓練で死んでたまるか。

 それにしても、あのバジルール准尉に勝とうと言うのだから、キッカも相当のタマだ。
 戦術訓練で一度付き合わされた事があるが、まさに王道を行く作戦。
 そして二段構えの作戦立案には度肝を抜かれた。
 相手が変わるたびに柔軟に変化する作戦は、中尉クラスにも引けをとらない。
 ウェールズ島の指揮官連中もいたくお気に入りで、経験を積ませようとしているらしい。
 元々、ウェールズ島のメインは軍学校だから、どちらかと言えば年配の軍人が多い。
 ありていに言えば、面倒を見たがる年寄りが多いと言うことだ。

 顔をしかめている俺の隣で、キッカがトリップし始めていた。

「これで手柄を立てれば、バジルール准尉に認められて、以後、ずっとお付だったりしてね」

 いや、あの人のお付はしんどいと思うぞ。
 絶対に休みの間の私生活までいろいろと指示されそうだし。

 俺が黙ってキッカが元に戻るのを待っていると、一緒に訓練に借り出されるリードとチェンがやって来た。
 俺が手を振ってやると、二人とも笑顔で近付いてきた。

「ウッス」

「こんちー」

 チェン=ヤンは、元々レーサー志望らしい。
 中国系の商人の家の出で、三年間は軍で働かないといけない家系らしい。
 その後はレーサーに転じるそうで、今でもサーキットに通っている。

「ご苦労さん、アーニィ」

 いつもつるんでいる四人組の中で、チェンだけが訓練を逃れている。
 キッカとの仲が悪いわけでもなく、単に今回の選考から外れただけだろう。

「明日レースでね。悪いけど、今回は辞退」

「病院のテレビで応援してやるよ」

「ハハッ、あのバジルール准尉だろ? やりかねないよな」

「笑いごとじゃないぞ、こっちは」

 思いっきり顔をしかめて見せた俺を、チェンが笑い飛ばしてくる。
 陽気な彼は、いつも俺たちのムードメーカーだ。
 リードは少し大柄で、どちらかと言えばキッカのような行動派。
 結局、胃が痛いのは俺だけなんだ。

「そろそろ授業始まるぜ」

「そうね、行きますか。今日は朝一で訓練のレクチェーがあって、私たちはそっちにまわされるから」

「じゃ、オレ一人か。ノート、綺麗に書いとくよ」

「頼む。んじゃ、行こうぜ」

 一番背の低いキッカを中心に、四人で横並びになって歩く。
 ウェールズ軍学校操舵士コースの、お決まりの朝の光景だった。

 

 

 演習は、それほど大した事件もなく無事に終了した。
 もちろん、怪我もなく。

「終わった、終わった」

 ゴム弾が当たったせいで青くなっている手をさすりながら、俺はそう言って背伸びをした。
 顔面への弾は防いだものの、手をやられた直後の背後からの弾を受けて、俺は地面をなめた。
 結果としてそれ以上の弾数を受けることはなかったが、痛みは簡単には消えない。

 背伸びをする俺の隣では、キッカが悔しそうに地団太を踏んでいる。
 何でも、まんまと罠に引っ掛かったそうだ。
 足首には今は靴下の下に隠れているが、かなり強烈な痕が残っているらしい。

「クーッ、バジルール准尉めぇッ」

「どうしたんだ?」

「鏡なんか使って、落とし穴まで掘って……あの人、本気で殺すつもりだったのよ、きっと」

「それはないと思うが……」

「いーえ、絶対にそう!」

 憤慨しているキッカに肩を竦めあって、俺たち二人はゆっくりと歩き出した。
 キッカが腕を振り上げながら後ろを追いかけてきて、掛け声とともに俺たちの背中をどついた。

「ティッ」

「痛いわっ」

「あー、もぅ、ヤケ酒しよう、ヤケ酒! ケーキバイキングでもいい!」

「え、えらく極端だな」

 リードが呆れるのも無理はない。
 どうやったらヤケ酒とケーキバイキングが同等に並べられるんだ。
 これだから、女の思考回路はわからない。

 俺たち三人が傍目にはじゃれ合いながら校門の外へ出ようとすると、向かいから見覚えのある制服が歩いて来た。
 間違いない。バジルール准尉だ。

 真っ先に気付いたキッカがすぐに足を止めて敬礼し、俺たち二人もそれに倣った。
 バジルール准尉の方も俺たちに気が付いたのか、わざわざ足を止めて敬礼を返してくる。

「演習、御苦労だった」

「ハッ」

 キッカが代表して答える。
 クラス長だしな。

「おや……お前たちは、操舵士コースの者だな?」

「ハッ。軍学校操舵士コース所属、菊鹿=草薙であります」

 バジルール准尉の視線に促され、俺たち二人も名乗りを上げる。

「同じく、ケンフィールド=リードであります」

「アーノルド=ノイマンです」

 俺の名前を聞いた時だけ、准尉が眉をひそめた。
 何がまずい噂でも流れていたのかと思った瞬間、准尉の方が急に笑顔になった。

「そうか、お前だな。この前の演習で司令部まで辿り着いたのは」

 前回の演習も、俺は借り出されていた。
 その時の俺は勘が冴えていて、実は司令部の前の廊下まで侵入していたのだ。
 今回は建物に入る前に、呆気なく退場してしまったのだが。

「……覚えていただいているとは、光栄です」

「今回の立案は私がしたんだ。前回は司令部の警護だった。その時に気になっていたのでな。最初に狙った」

 狙われていたのか。
 道理で早い退場だったわけだ。

「それで、そっちのお前は今回罠にかかった奴だな。見事すぎるほどに」

 キッカが顔を真っ赤にしていた。
 余程見事に罠にかかっていたのだろう。

「それから、お前がそれに驚いて助けようとして撃たれた男だな」

 素晴らしい記憶力ですね、准尉。
 あの演習の中で、これほど冷静に人の顔を見分けるとは。

 俺だけでなく、キッカとリードの二人も心底驚いているようだった。
 准尉は教官たちと違って、演習でしか俺たちと顔を合わさないのだから。

「バジルール准尉……記憶力がいいんですね」

 俺がそう呟くと、准尉は笑顔のまま答えてきた。

「お前たちが目立つのだ。教官の方々も期待している。今年の操舵士組は優秀だとな」

「本当ですか?」

 キッカが勢い込んで尋ねている。
 そうだろう。教官のコネが作れれば、いきなり副操舵士での着任も夢ではない。

「本当だ。特にアーノルド=ノイマン。お前のマニュアル操艦は、かなり有名だぞ」

「俺が……」

「あぁ。離陸さえすれば、あとは安心だとな」

 そう言えば、無茶な命令もあったな。
 宙返りとはいかないまでも、妙に高低差を付けたランダム回避のマニュアル操艦とか。

 俺が面倒な訓練を思い出しているうちに、キッカはたまらなくなっていたらしい。
 敬礼をといて、バジルール准尉に向かっていた。

「あ、あの、私のことは……」

「いい副操舵士になると言われていたぞ。とにかく、プログラミングが早く、サブとしては優秀だと」

「本当ですかっ。や、やった……」

 実は、優秀な副操舵士は引く手数多なのだ。
 操舵士にはそれぞれの癖があり、優秀な操舵士が優秀な副操舵士とは限らない。
 実際に優秀な操舵士が準操舵士として着任し、優秀なオペレーターが副操舵士の艦もある。
 副操舵士は操舵士特有の癖がないほうが、主操舵士との相性がよく、副操舵士として優秀なのだ。

 キッカはプログラミング能力が高く、離陸発進の手際も早い。
 その点では、優秀な副操舵士の可能性がある。
 加えて声もよく、すぐ隣に肉声で現状を報告する必要がある副操舵士として、その点でも好印象だ。

 現状で言えば、俺よりもキッカの方が現場着任の可能性が高い。
 戦艦とはいかなくても、駆逐艦程度の副操舵士になら、いきなりなってしまうかもしれない。

「このまま頑張れば、ウェールズ基地から教官が引き抜かれていくことになるだろう」

 教官が引き抜かれる。
 それはすなわち、実際に主戦力の艦隊へ配置される生徒のお供をするわけだ。
 つまり、俺たちの主戦力艦隊への着任を意味する。

「あと一年足らずだとは思うが、気を抜かないようにな」

 同い年とは言え、向こうは上官だ。
 俺たちも一応は士官候補生だが、天と地ほどの差がある。

「ありがとうございます」

「いや、来年にもなれば、ともに軍人として戦うことになる。その時は、よろしく頼むぞ」

「ハッ」

 へぇ、結構綺麗な顔立ちをしているんだ、准尉は。
 キッカも悪くはないが、比べてみると大分劣る。
 ともにつり上がったキレ味のよい瞳。軍務規定なのか、短く整えられた黒髪。
 胸の大きさは大差ないが、肩のラインは准尉の方が幾分か柔らかい。

 まぁ、好みはそれぞれだろうけど、外見だけで言えば、俺は准尉派だな。
 強いて言えば、准尉はやや身長が高すぎる。
 ただし、キッカほどの身長にしてしまうと、アンバランスになる感じもする。
 言ってみれば、完全なる神の造形美だ。

「……ところで、三人でどこへ行くつもりだ?」

 軍学校の人間は基本的にシフトが組まれていないので、授業の後は自由だ。
 寮生活で時間的な規則は厳しいものだが、慣れてしまえば結構自由に過ごせる。
 もっとも、ここは他の軍学校よりも規則がゆるいと言う話だ。

「はい。チップスのケーキバイキングに行こうかと」

 おいおい、いつ決まったんだ?

 俺がそういった気持ちでリードの顔を見上げると、同じような顔をしているリードが俺を見下ろしていた。
 互いに苦笑を浮かべ、肩の力を抜く。

「チップスか。昨日から一週間、バイキングをしているな」

「あ、准尉も御存知でしたか」

「もちろんだ。昔から、甘いものは好きでな」

 お、これは意外な情報だ。
 決して偏見などではないが、甘いものは苦手かと思っていた。

「だが、今日はチップスに行かないほうがいい」

「え……どうしてですか?」

 准尉の言葉に、キッカが前のめりになって聞き返していた。
 その様子だけを見ていると、先輩と後輩にも見えなくはない。
 やはり、バジルール准尉はまだ俺たちの方に近いようだ。

「レアチーズケーキが売り切れた。早めに行かないと、焼き直しはないからな」

「うそぉ! レアチーズないんですかッ?」

「あぁ。私で最後だった」

「そんなぁ……て、最後だった?」

 ……行ってきた帰りか。

「あぁ。演習終了後、すぐに行って、何とか間に合った」

「うわぁ。アーノルドが気絶してるから……」

「俺のせいかよ」

 理不尽だな。
 シャワー浴びてて遅くなったのはキッカの方だろ。

「あーぁ、撤収よ、撤収。レアチーズないなんて、行く意味ないわ」

 レアチーズケーキ一つでここまでつけるかというため息をついて、キッカがだらしなく肩を落とした。
 俺とリードはもう一度顔を見合わせて、今度は肩を竦め合った。

「それじゃ、寮に戻るか?」

「そうだな。特にすることもないし」

「ちょっと、可哀想なキッカちゃんに別のものを御馳走しようって気持ちは、かけらもないわけ?」

 袖をつかんできたキッカに、俺たち二人を声を揃えた。

「ないな」
「ないぞ」

「は、薄情者!」

 ケーキバイキングから解放されたというのに、何故その埋め合わせをしなきゃならんのだ。
 チップスのケーキが美味しいことは認めるが、それはタルトに代表されるフルーツケーキに美味しさがあるのであって、
断じてレアチーズケーキなどではない。

 俺がそう思いながら敬礼をしてその場を立ち去ろうとすると、キッカがバジルール准尉に泣きついていた。
 泣きつかれたバジルール准尉は、何故か顔を赤くしていた。

「バジルール准尉ぃ、あんなこと言うんですよぉ」

 あ、コイツ、准尉にすがるつもりか。

「ま、まぁ、何だな。その、女性の気持ちは尊重すべきだな、うん」

「ですよねぇ」

 准尉の袖をつかんだまま、キッカが首を捻じ曲げて俺たちの方を見つめてきた。
 俺はとっさに視線を明後日の方向へ向けたのだが、リードがつかまってしまったようだ。

「ア、アーノルド……」

「知るか。俺は何も見てない」

「じゃ、じゃあ、あっち向けよ」

「嫌だな。わざわざ面倒ごとに巻き込まれる必要はない」

 そう言って寮に向かって歩き出そうとした俺を、バジルール准尉が呼び止めた。
 正直、准尉から声をかけられるとは思っていなかった俺は、思わず准尉の方を振り返っていた。
 キッカの視線が痛いほど突き刺さっているのを感じながら、俺はバジルール准尉を見つめていた。

「まぁ……その、何だ。草薙もこう言っていることだし、どこかへ連れてやってはどうだ?」

「そうですね。准尉がついてきて下さるのなら」

 さぁ、どうだ。

「私は暇だが……ついて行ってもかまわないのなら、ついて行こう」

 これは……予想外の出来事だ。
 てっきりシフトがあるとか言われて、誘いには乗ってこないと思っていたんだが。

 俺がリードの方へ視線をやると、リードは既に諦めていたのか、微笑んでいたりする。
 どうやら、引いてはいけない紐を引いてしまったようだ。

「……それじゃあ、例の喫茶店でも行きますか」

「例の喫茶店?」

「えぇ。最近、評判の喫茶店です。オシャレな内装が受けているらしいですよ」

 こうなってしまっては、やけくそだ。
 それにバジルール准尉も、噂ほど厳しい人ではないらしい。
 第一、その辺にいる女性をナンパするよりは、余程効率もよいし、美人だ。

「新たな外出許可を申請してる暇もないな。このままでよいか?」

「えぇ。御案内しますよ」

「それから、街中では准尉と呼ばぬようにな。軍属であることを知らせる必要はない」

 さすがに、気配りが行き届いている。
 年寄り連中が贔屓する筈だ。

「了解しました。キッカ、お前も気を付けろよ。妙に堅苦しくなるなよ」

「わかってる。じゃ、リード、行くわよ」

 やや離れた位置で俺たちのやりとりを傍観していたリードをキッカが引っ張ってゆき、自然な流れとして、
俺が准尉をエスコートすることになった。
 喫茶店まではバスで行く距離なのだが、今日は歩いて行こう。

 軍学校の門を出て数分と経たないうちに、キッカが沈黙に耐えられなくなっていた。
 隣を歩いているリードに対し、色々と喫茶店のことを尋ねている。
 そのとばっちりが俺や准尉にも行き渡り、少しずつ准尉の緊張も解けているようだ。

 横断歩道を渡る時に、キッカの口がようやく閉ざされた。
 そして、俺はようやく、硬さのとれた表情になった准尉へ話題を振ることができた。

「バジルールさんは、俺と同い年と聞きましたが」

「……学年は同じだろうな。私は一年早く、ハイ・スクールを出ているから」

「それじゃ、バジルールさんもチョーさんをリアルタイムで見ていたクチですか」

 俺が幼少のときに放映されていた、教育番組のキャラクターの名前を出す。
 案の定、准尉は驚いた表情で、俺の方を向いてくれた。

「そうだが……初めてだぞ、そのようなことを聞かれたのは」

「男のよく使う手ですよ。誰でも知ってる話題から、相手を探る」

「そ、そうなのか?」

 いいですね、その表情。
 あまり男慣れしていない。
 別にどうこうしようって気持ちはないけど、やっぱり男慣れしてる女性よりは、慣れてないほうがいい。
 ましてや今から喫茶店でお茶しようと言うのなら、尚更だ。

「ノ、ノイマンは、こういうことに慣れているのか?」

「いいえ。受け売りです。喫茶店にも男同士でよく行きますから」

「そうか。私も、あまり男性と喫茶店などに入ったことはなくてな……」

「俺も、キッカ以外とはないですね。同年代の女性には縁がなくて」

 何となく、この路線だと思う。
 少なくとも、”慣れてます”は良くないだろう。
 それに、慣れていないことを強調しておけば、准尉のミスもカバーしやすい。

「アーノルド、ナタル先輩ー」

 早くも反対側に渡り終わったキッカとリードが、俺たちを呼んでいた。

「すまない。急ぐぞ」

 無言で准尉の後ろを歩きながら、俺は緩みかかった頬を必死に抑えていた。

 


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