欲張り


「俺達、どうなるんですかねぇ」

「さぁな。与えられた場所で仕事をするだけだ」

「優等生ですねぇ、ノイマンさんは」

 優等生なわけがないだろう。
 お前がそう答えるしかない問い掛けをしてくるからだ。

「バジルール中尉なしに、どうやって戦うんですかねぇ」

 正直、それは俺も同感だ。
 戦術指揮官もなしに戦闘をする戦艦など、未だかつて見たことがない。

 艦長が臨時的に戦術指揮を執ることになるだろうが、不安は拭い切れない。
 いくらアーガイルやミリアリアの能力が上がってきているとは言え、的確な指示には程遠い。
 果たして、どれほどの戦果を上げられるのだろうか。

 いや、俺達は生き残れるのだろうか。

「……CICを率いる自覚を持って欲しいんだがな」

「サイ君に任せちゃいましょうか」

 無言でトノムラを殴りつけた。

 何やら文句を言っているようだが、自業自得だと思えばいい。
 仮にもCICを任されようかという人間がこれでは、この戦艦の未来は暗澹たるものだな。

「俺は休憩に入る。くれぐれもアーガイルにそんな話はするなよ」

「わかってますよ。これ以上、彼に荷物は背負わせませんって」

 ……本当、そうして欲しいものだ。

 

 

 ナタルの私室へ向かう途中、格納庫へ行くらしいフラガ少佐とすれ違う。
 隣にいるラミアス艦長が少し俯いているところをみると、どうやら一悶着あったらしい。

 もう少し早めに来てみれば、面白い状況に遭遇できたのかもしれない。
 フラガ少佐の表情からすると、オアズケではなかったようだ。

「お邪魔します」

 ノックをして、ナタルの私室へと入る。
 まだ支度は終わっていなかったようだ。

「あぁ、どうした?」

「少し、時間をいただけますか」

「構わない。片付けていた最中で、散らかってはいるがな」

 彼女の言う通り、ベッドのシーツが皺になっている。
 ベッドの上で作業をしていたのだろうか。

 机の上に置かれていた軍関係の書籍は、姿が見えなくなっていた。
 軍服の方も、タンスの扉の隙間からは確認できない。
 唯一目に付くのは、棚に載せられている化粧用品だけだ。

 まったく、優先順位のわかりやすい人だ。

「聞きたいことは二つです」

 さっさと話を進めよう。
 とにかく、いまはナタルの気を引かなければならない。

 ナタルの気を引いて、支度を中断させることが先だ。
 俺の目的の為には。

「……何だ?」

 ナタルの左腕が、彼女自身の右腕をつかんでいた。
 何かを隠しているのだろう。

 隠し事を俺に見破られることが怖いのだろう。
 貴方は正直過ぎる。そんなに怖がらなくても、俺は知っているんですから。

「俺と貴方だけが受けていた特務、終わったと考えてよろしいのですか?」

 ハルバートン提督が戦死なされた時点で、特務の重要性はなくなっている。
 それと同時に、俺の重要度も低くなった。
 むしろ、今は厄介者扱いだ。

「……だろうな。少なくとも、私の特務は終わった」

「なるほど」

 ナタルの視線がわずかに俺から逸れた。
 その隙を見逃さずに、俺は化粧用品の並びに目を向けた。
 俺が目的とする彼女愛用の香水は、幸運なことにも俺の手の届く範囲にある。

「では、貴方とフラガ少佐だけがアラスカを離れなければならない理由とは?」

「私にはパナマ防衛の任務が言い渡された。少佐の教官への配置には、色々と思うところもあるがな」

 嘘、ですね。
 貴方の嘘は至極わかりやすい。

 貴方の嘘は心を傷つけてでも他人を現実に戻させるための嘘。
 だから、自分が傷ついてでも嘘をつく。
 自分の傷口がどれほど広がるかは気にもしない。

 俺がそばにいるのなら、俺が貴方の傷を舐めてやれる。
 でも、これからはどうするつもりなんですか?

 それにしても、今回の嘘は理論が整っていませんよ。

 どこの軍が命令違反を犯したエースパイロットを教官にしますか?
 命令違反を犯す教官に教えられたパイロットなんて、危なすぎて使う気にはなれませんよ。
 どう考えても、ラミアス艦長を諦めさせるための一時凌ぎにしか過ぎない配属です。
 そしてそのことは、貴方もわかっている。

「なるほど。では、何部隊程度のZAFT軍が、ここへ押し寄せて来るのですか?」

「なッ」

 軍本部の連中は、検閲なしに手紙を送ることができる。
 そう、配達する本人ならば。

 軍本部に勤める同期が寄越した手紙に書かれていたアラスカ襲撃は、本当のようだ。
 彼女の反応がそれを証明している。

 彼女は父親に呼び戻されたのだろう。
 フラガ少佐は、ここで失うには惜しい人物らしい。
 そして、コーディネイターの能力を駆使して作成されたOSを使用する俺達は危険因子だということだ。

「……やはり、パナマは地球軍への隠蓑ですね。そして、それは何故か上層部も知っている」

 正確には上層部だけではない。
 少なくとも俺の同期の人間が事を知り得るくらいまでには広がっていることだ。
 と、言うことは、覚えのめでたい尉官クラスまでは認知している筈だ。

「ノイマン、貴様ッ」

 彼女が激した。
 本当に貴方は正直過ぎる。

 俺がゆっくりと伸ばした腕に、彼女は咄嗟に身構えていた。
 両腕で自らの身を守り、瞳は閉じられていた。

 心外ですね。
 俺は女性に手を挙げるような真似、絶対にしませんよ。

 でも、チャンスだけは利用させていただきます。

 腕を伸ばし、彼女愛用の香水を盗む。
 代わりに、俺がいつも使っている香水を置いておいた。

 まったく、面倒なことですね。
 俺は自分で貴方の香水を盗らなければならないんですか?
 少佐なんて、艦長から手渡しされたそうですよ。
 俺だってそうして欲しかったです。
 なのに貴方はそんな素振りすら見せない。
 痺れきらしますよ、俺だって。

 香水にこだわるわけではありませんけど、せめて別れのシーンくらいは恥ずかしい台詞がいいな、と。
 ここ数日、その時の為に何度も台詞を練習したんですけどね。

 貴方は男心を全くわかってくれませんね。
 そんな貴方だから、俺は好きになったのかも知れませんけど。

「どうなさいました?」

 すぐに香水がなくなったことに気付けば、一気に押し倒そう。
 一気に男と女の別れのシーンへ入ってやる。 

「何をそんなに怯えているのですか」

「お、怯えてなど……」

 神様は不公平だな。
 あのスチャラカ少佐は艦長とよろしくやっていて、俺はこれですか?

 全く情けない。
 彼女のお見合話があることすら知っているのに、俺は未だにこんなことを続けている。
 彼女の全てを奪うこともできずにいる。

 やはり、貴方にはまだまだ俺が必要なんですよ。
 こんなウブな状態で、お嫁になどやれません。
 大体、貴方が俺以外の人間に抱かれることを考えることですら、吐き気を覚える。

「俺に知る権利はないと言うことですか」

 階級の差ということなら、貴方は俺を納得させられると思いますか?
 俺は納得する筈もないし、貴方が隠そうとしていることを知っていますけど。

「……私に、何を言わせたいんだ、お前は」

 ”愛している”

 この一言だけです。

「貴方は貴方の道を進めばいい。俺は俺の道を進みます」

 もちろん、俺の所に居て欲しいですよ。
 俺の道のすぐ横に、貴方の道があって欲しい。

 贅沢だって言うのはわかってます。
 我侭だって言われても仕方ありません。

 だけど、俺は貴方からそばに来て欲しい。
 貴方さえその気なら、俺は全てのものに対して貴方と一緒に戦うつもりです。

「ノイマン」

 彼女の声に涙が混じりはじめていた。
 攻め過ぎたのか? 急ぎ過ぎたのか?

 俺は貴方を泣かせる為に貴方を見つめているんじゃない。

「俺が貴方を好きなことは変わりません。俺が貴方に命令される立場であることもわかっています」

「ノイマン」

「それでも、俺は俺の信じるものを捨てたりはしない。トールとの約束を果たすまで、俺はここに残ります」

 戦争が終わるまで、トールのことは忘れない。
 ミリアリアの行く末は見届けてやる。

 そしてなにより、死なない。
 貴方が俺の横に来るまで、俺が貴方の隣にいけるまで、俺は死にません。
 今はまだ、約束を口にすることはできませんけど。
 貴方を縛り付けることが怖くて。

「失礼します」

 後ろでベッドの軋む音がしたが、今の貴方は衝動に駆られただけ。
 それは俺の本意じゃない。

 扉が閉まり、部屋の中から彼女の嗚咽が聞こえてくる。

「……愛してます、ナタル」

 手の中の香水が、貴方の無事を示してくれる。
 貴方の手にある香水が、俺の無事を示します。

 だからきっと、俺達は再会できます。
 そのときは、本気で貴方を俺の隣に座らせますから。

 覚悟して、俺を愛し続けていて下さい。
 ナタル=バジルールを、誰にも渡すつもりはありませんから。

 

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