会わない日 |
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「よし、ここに入ろう」 二人を引き連れて城下町に繰り出したセリスは、小洒落たレストランの前で足を止めた。 「三人」 デルムッドとアーサーに反対させる間を与えずに、セリスが寄ってきたウェイターにむけて指を三本突き出した。 「ここ、高くないんですか」 「まぁ、多少の持ち合わせはあるからね」 「でも、俺はそんなに持ってませんよ」 「貸しとくよ」 笑顔のセリスにそう言われて、デルムッドは諦めた表情でアーサーに話を振った。 「アーサーは」 「多少」 「まぁ、今日は時間がたくさんあるからね。 どう考えても後付けなセリスのセリフに、デルムッドは頭を切り替えることにした。 「アーサーはシレジア出身だったよな」 「あぁ。山奥の村」 「こういう場所は、初めてか」 「慣れないな。シレジアにはあまりこういう店はないし」 「シレジアでは、お酒とかをどういう場所で飲むの」 「酒場自体が少なくて、家で飲むことが多かった」 「シレジアって、そういうところなんだ」 しばらくはシレジアとイザークの相違点を話題に盛り上がったところで、それまでは相槌や話の補足をしていたセリスが話題をリードし始める。 「ところでさ、アーサーはフィーとどこまでいったの」 「イザークまで」 セリスの誘導にさらりと答えるアーサーに、デルムッドは心の中で喝采を送った。 「いやいや、そうじゃなくてさ」 「別に、付き合ってるわけじゃない」 「そうなの」 「旅仲間」 アーサーのガードを破ろうという雰囲気を出し始めたセリスに、デルムッドはこれまでの腹いせから、セリスに攻勢を仕掛けることにした。 「そういうセリス様は、どうなんですか」 そう言いながら、あまり酒の強くないセリスのグラスに、度の強い原酒を垂らす。 「どうって、見ての通りだよ」 「ケンカされたんですよね、ラナと」 「あ、あれは、ラナが悪いんだよ」 照れ隠しのためかグラスをあおるセリスに、デルムッドが間髪いれず酒を継ぎ足す。 「僕はただ、ユリアが夜に一人で歩いていたから、部屋までエスコートしてただけなんだよ」 「なら、そう説明したらよかったんじゃないですか」 「したよ。もちろんするに決まってるじゃないか。だけど、シアルフィでは肩に手をまわして髪に口づけを落としながらエスコートするんですねとか言われてさ」 「……そんなことしてたんですか」 「いや、そのね、綺麗な髪だねって言ったら、ユリアが少しさみしそうな顔をしたから。 話せば話すほどラナに対する言い訳じみたセリフになっていくセリスに、アーサーは横を向いて噴き出していた。 「誰だって、ユリアみたいな子が寂しそうに歩いてたら、気になって話しかけるだろう。 「オレには無理ですね」 「何だよ、フィーって明るくてさっぱりしてそうじゃないか。 「今の言葉もラナに聞かれたら、またケンカになりますよ」 「今はいないからいいの」 デルムッドの指摘も意に介せずに、セリスがラナと他の女性陣を比べていく。 「ユリアはさぁ、細くて壊れそうな女の子なんだよ。もちろん、ラナだって太ってるわけじゃないし、強く抱きしめちゃったら壊してしまいそうな女の子だけどさ」 「微妙な言い回しですね」 完全に酒量が越えたと判断して、デルムッドが原酒のビンから酒を持ち変える。 「アーサーはいいよね。フィーはあっさりさっぱりしててさ、何かやってもラナみたいに痛いところから責めたりしないっぽいもん」 「さぁ、どうですかね」 「ラナはさぁ、チクチク責めてくるんだよ。 完全に机に突っ伏しながら顔だけを横に向けて、セリスがデルムッドをじっと見つめる。 「デルはさぁ、どう思う」 「何がですか」 「アーサーとフィー」 「そっちですか」 酔っ払いらしく話の脈絡を失い始めたセリスのグラスに氷をザラザラと入れながら、アーサーがデルムッドの左側にある水の入ったデキャンタを目で指し示した。 「まぁ、いい関係には見えますけどね」 「そうかな」 ウェイターの持ってきたボトルに入っている水をセリスのグラスに注いで、デルムッドがセリスの目の前でグラスを揺らす。 「アーサーはどう思ってるのさ」 受け取ったグラスに口を付けずに手の中で遊びながら、セリスが顔を反対側に向ける。 「いい子だとは思うよ」 「それだけなの」 「あと、お人好しかな」 「あぁ、お節介ってのも思うな」 デルムッドの言葉に、アーサーが頷く。 「ラナもお節介だけどさ、ラナとはまた別のお節介だよね」 最終的には全員とラナを比べそうな勢いのセリスに気付きながら、デルムッドは何も言わずにセリスの手からグラスを取り上げた。 「何、デル」 「こぼしますよ」 「酔ってないよ」 完全に酔っぱらった口調のセリスのセリフは却下され、デルムッドが伸ばしてきたセリスの手をはたく。 「飲むんだったら、身体を起こしてから飲んでくださいね」 「わかったよ」 身体に力を入れておきあがったセリスに水が入ったグラスを返し、デルムッドがセリスに飲む時間を与えるために、アーサーへと話しかける。 「僕からするといつも一緒にいるように見えるけどね。 「いつも一緒にいるわけじゃない。ただ、たまたま隣にいることが多いだけ」 「それって、いつも一緒にいるのが普通ってことじゃん」 「一日会わない日もあれば、一日中、一緒にいる日もある。特に意識したことはないよ」 アーサーはそう言うと、平然とグラスを傾けた。 「夫婦みたい」 「夫婦かなぁ。一緒にいたいと思うことも、一緒にいたくないと思うこともないし」 「レヴィンが言ってたけどさ、フュリーさんと結婚してからしばらくしたら、そこにいることが当たり前で、特に意識しなくなったって聞いたよ」 「フィーに聞いたことがあるけど、レヴィン様とフュリーさんは幼馴染で部下と王子で、最初から最後まで一緒にいたような人たちだろ。そんな人たちと同じ扱いというのは、オレとフィーにはあわないよ」 アーサーの言葉に、デルムッドは黙ってグラスを空けた。 「デルはさぁ、誰かいないの」 「俺ですか。俺はセリス様やスカサハがそんな相手になりますかね」 デルムッドの言葉に、セリスがグッと身体を引いた。 「あの、いつも一緒にいても違和感がない奴ってことですからね」 「そうだよね。まさか、そんな意味じゃないよね」 「疑われてるんですか、俺は」 「だって、ラナを見る目も普通だし、デルが女の子と世間話してるところって見たことないし」 「用件ぐらいは話しますよ」 「だから、無駄話してないっていうかさ」 そう言いながらグラスを空けたセリスが、自らボトルを手にする。 「デルの疑いが晴れた記念に乾杯しようよ」 「どんな記念ですか」 「まぁ、いいんじゃない」 グラスを合わせて、セリスが笑う。 「アーサーって、飲めるんだね」 「シレジアの人間は強いから」 「あまり酔わないの」 「慣れた量を超えれば、酔いますよ」 「どれくらいなの」 素直すぎるセリスの言葉に、デルムッドがこらえきれずに苦笑する。 「もうそろそろかも」 「じゃあ、はやく到達しよう」 ボトルを構えて目を輝かせるセリスに、アーサーは笑顔でグラスを空けた。 「はいはい」 間髪入れずにグラスを満たすセリスに、アーサーは余裕のある表情でわざとらしく舌足らずに話し始めた。 「フィーは、本当にいい子だよ」 「うんうん」 「世間知らずで危なっかしいけど、それを乗り切るだけの笑顔とバイタリティーがあって。 「いいね、いいね」 身体を乗り出すセリスと余裕のあるアーサーを見比べて、デルムッドはアーサーがセリスをからかっているのだと理解した。 「シレジアの人間として、本当に誇れる王女様だよ」 アーサーのつけたオチに、デルムッドが笑いだす。 「だから、好きなの、嫌いなの」 オチに気付かなかったセリスが言い募るのを、デルムッドはセリスの腕を引いて止めた。 |
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