会わない日

 
 

 

 

 日も暮れはじめ、少しずつ家々のランプが灯り始めた頃、ラクチェたちはその日の予定を終えて、城下を連れ立って歩いていた。
 先頭を歩くラクチェが知っているという店で、親睦会という名の食事会をする予定だった。

「あ、ここだわ」

「ちょっと、店構えといい、結構するんじゃないの」

 レストランの建物を見上げて、ラナがラクチェにそう尋ねる。

「ヨハンに聞いてきたんだから、大丈夫よ」

「ヨハン公子にですか」

「まぁ、あいつはここに住んでたこともあるんだから。
 外見は洒落てるし、お手頃価格のいいお店だって」

 いつまでも店の前で問答をするわけにもいかず、一番近くにいたフィーが扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

「女の子、四人なんだけど」

「はい。奥まった席がよろしいですか」

「そうね。お任せするわ」

「かしこまりました」

 そう答えて、ウェイターが一度奥へと下がっていく。

「結構、繁盛してるのね」

「客層もよさそうですね」

 店内を見まわしたラナが、ホッとしたように微笑む。

「何よ、疑ってたわけ」

「そうじゃなくて。ユリアの歓迎会も兼ねてるし、あまり変な人たちに絡まれるのもね」

「信用してよね、そこは」

「ごめんなさい」

 戻ってきたウェイターに案内されて、店内の奥まった席に移動していたフィーたちは、聞き覚えのある声に視線を向けた。
 視線の先では、完全に酔っぱらったセリスが、アーサーに絡んでいる最中だった。

「……あれ、セリス様よね」

「えぇ。完全に酔っぱらってるわ」

 周囲に確認するラクチェに、ラナがため息混じりに答える。

「絡まれてるのがアーサーで、もう一人はデルムッドよね」

「変な組み合わせ」

 ラクチェの言うとおり、日頃から付き合いのある人選とは思えない。アーサーの歓迎会というには、そういうことの中心になりそうなスカサハがいない。

「どうする」

 足を止めたフィーに、ラナが先に動き始めた。
 それを見て、ラクチェがウェイターを呼び止める。

「僕だってね、いろいろ考えてたんだ。それなのにさ」

 泣き崩れそうなセリスの背後に、金髪のシスターが姿を現す。
 セリスを起こそうとしたデルムッドを視線だけで抑え、ラナはセリスの言葉を待っていた。

「ひどいじゃないか。僕はね、ラナのことが好きなんだよ。あぁ、そうだよ。
 いくら好きって言っても、軽くはね返されるような感じだけどさ。いいじゃないか。
 その笑顔も好きだし、傷を治してもらった後に手を当ててくれてるときの感触とかがもう、
 たまらなく好きなんだ」

「はいはい。少しお休みになられた方がいいですよ」

 額に手を当てられたセリスは、背後を振り返ったまましばらく固まっていた。

「大丈夫ですか、セリス様」

 固まってしまったセリスを心配したラナの言葉に、セリスががばっとラナに抱きつく。
 体勢を崩しながらもセリスを支えたラナに、ラクチェが急いで駆け寄った。

「店の人に言って、少し休ませてもらう場所を借りてくる」

「あ、お願いね、デル」

 ラナにしがみついたまま言葉にならない声でラナに想いを打ち明けているセリスから視線を外して、アーサーは腰に手を当てているフィーに肩をすくめて見せた。

「何なの、これ」

「セリス様が飲もうっていって、最初に潰れたんだ」

「ボトルはそれほど空いてないみたいだけど」

 テーブルの上を見たフィーが、そう指摘する。

「ま、ちょっと強い酒だったのかな」

「それにしても、変なメンツよね」

「セリス様のそばにいた、不幸な仲間たちかな」

「あたしたち、ユリアの歓迎会のつもりだったんだけど」

 フィーの言葉で、後ろに控えていたユリアが小さく頭を下げる。
 その間にも、セリスはラナとウェイターに連れられて席から退場させられていた。

「ここ、いいかしら」

「オレ達はかまわないよ。なぁ、デルムッド」

「セリス様が落ち着くまでは待つ必要があるし。正直、二人ではさみしいから」

 男性陣二人の言葉に、フィーはウェィターに椅子を増やすように頼むと、空いている席にユリアを座らせた。

「ま、今日の主役はユリアだからね」

「は、はい」

「ねぇ、ラナの椅子、どうするの」

「一応、置いてもらっておきましょうよ。邪魔かな」

「オレが詰めるよ。セリス様にこれ以上飲ませるわけにもいかないだろう」

「二つともいらないわ。ラナだったら、セリス様が目を覚ますまでは来ないはずだから」

 ラクチェが新しく運ばれてきた椅子に座り、フィーはアーサーが座っていた椅子に腰を下ろす。改めて軽いカクテルで乾杯を済ませると、ラクチェが珍しいメンバーで飲んでいたことの詳細をデルムッドに尋ねた。

「まぁ、セリス様がラナに振られたって機嫌が悪くてさ」

「あ、もしかして昨晩のこと」

「何だ、知ってるの」

「ユリアとラナに聞いたのよ。あれはセリス様が悪いわね」

「ユリアをエスコートしてたとか言ってたけど」

「エスコートというより、完全に口説いてる感じだったわよ。ねぇ、ユリア」

「でも、まだ馴染めない私に気を使ってくださって」

「あれはね、口説いてるのよ。ユリアも気を付けないとさぁ。
 ウチの軍にはロクでもない男が多いんだから。ヨハンとか、セリス様とか」

 ヨハンの名前を出すラクチェに苦笑しながら、デルムッドが口をはさむ。

「いや、本当にそう思わないでね。スカサハもいるから」

「スカはまだガキだから、女の子に興味ないのよ」

 無鉄砲な妹のせいだと言いたくなるのをこらえて、デルムッドはフィーに水を向けた。

「フィーさんには、どう見えてる」

「そうねぇ。苦労症のお兄ちゃんかな」

「何よ、苦労症って」

「ラクチェに限らず、お兄ちゃん気質っていうのかな。
 スカサハってティルナノグのお兄ちゃんって感じ」

「そうかなぁ。デルの方がお兄ちゃんって感じだけど」

 そう言ったラクチェに、フィーは指を振ってみせた。

「デルムッドはただの年長者。どっちかっていうと、近所のお兄さんかな」

 フィーの言葉に、とうのデルムッドが目を細めた。

「……よく見てるね」

「まぁ、あたしは偵察が任務だし、目はいいのよ」

「遠くからよく見てるってわけか」

「そうそう……って、意味が違うわよ」

 アーサーのボケに即座にツッコミを入れたフィーに、ユリアが口許を隠しながら笑った。

「あ、ユリア。上品に笑わなくていいから」

「どう笑えって言うんだ」

「んー、声に出して笑う」

 半疑問形のフィーの答えに、ユリアが小さく吹き出す。
 二人のやり取りを見ていたラクチェも、グラスを空けながら笑っていた。

 

 

「それにしても、アーサーがあんな風に他の人と絡んでるのは初めて見たわ」

 酔い潰れていたセリスが復帰して、彼に付き添っていたラナも十分に食べ終わった頃、
トイレのために席を立っていたアーサーは、偶然にも女子トイレから出てきたフィーとはち合わせた。

「絡まれてるの間違いだろ」

「でも、今まであまり他人と話してなかったじゃない」

「機会がなかっただけさ」

「いい機会だったじゃない」

「もう、セリスの隣では飲まない」

 そう言ってため息をついたアーサーに、フィーは笑いながら背中を叩いた。

「これも一つの経験でしょ」

「フィーがいてくれたから、助かったよ」

「何言ってるの。あたしがいなくたって、アーサーはアーサーらしく、そこにいればいいのよ」

 そう言って先に席に戻り始めたフィーの背中について行きながら、アーサーは手を振ってくれているセリスの隣に座るラナたちを見て微笑んだ。

「いい仲間だよな」

「そうよね。あたしはともかく、ユリアを浮かさないように考えてくれてたりさ」

「これで戦争してなければ、ただの仲良し集団だ」

「でも、あたしたちは戦争をする。解放戦争をね」

「あの時、フィーに会っていなかったらと思うと、辛すぎて考えられないな」

「そんな無駄なこと、考えるだけ時間の無駄よ。あたしたちは出会った。
 仲間になった。相棒になった。これから先、ずっとね」

 そう言いながら振り返るフィーの笑顔に、アーサーは顔が熱くなったのを自覚していた。

「ほら、からかわれる前に戻るわよ」

「もう遅いかも。オレ、絶対に顔赤い、今」

「お酒のせいにしときなさい」

 わざとらしく耳元でささやいたフィーが一足先に席に戻り、ラクチェからからかわれているのを見ながら、アーサーはさりげなく席に戻る。
 話の中心はフィーに移っていて、アーサーをからかう者などいない。
 小さな心配りにまた惚れなおしながら、アーサーはグラスに注がれた酒を傾ける。

「これからもよろしく、アーサー」

「こちらこそ、デルムッド」