会わない日 |
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「機嫌が悪いな、あれは」 「あぁ。触らぬセリスにたたりなしだ」 朝の鍛錬を終えて食堂にやってきたスカサハとデルムッドの二人は、妙に重い空気を放つ食堂の中央に座っているセリスの様子を見て、そう頷きあった。 「どうする」 「どうするって、食事を抜くという選択肢はないぞ」 二人とも、未だ成長期のど真ん中だ。 「何が原因だと思う」 「手掛かりがなさすぎる」 スカサハの言葉に、デルムッドが肩をすくめて答える。 「ラクチェとか、俺達より少し先に上がっただけだぞ」 「オイフェ様は私室に運ばせているとして、他の連中がいないのはどうなってるんだ」 朝の鍛錬を受け持っているのはスカサハとデルムッドだけではない。ラクチェやオイフェは毎日のように顔を出しているし、騎兵を担当するヨハンも常に参加している。 「今日、午後は自由だったか」 「軍議はなかったと思うけど」 軍議がなければ、平時の幹部たちは比較的自由な時間が持てる。 「まさか、全員が行くわけないしな」 「当たり前だろ。女性陣が一人もいないっていうのも、どうも引っかかるよな」 「女性陣総出か」 「でも、それぐらいであの不機嫌さは説明できん」 結局、何の結論も出せずに二人が手をこまねている間に、朝の鍛錬には顔を出さないアーサーが、二人の隙間をするすると抜けていく。 「あちゃ……」 「名誉の戦死だな。今の間に急ごう」 セリスの視線がアーサー一人に注がれると見越して、デルムッドが冷静に歩を早める。 「アーサー、聞いてくれないか」 「食べながらでよければ」 「もちろん、食べながらでもかまわないよ」 それまでただ鬱々としていたセリスが、話し相手を得て堰を切ったように話し始める。 「うわ、尊敬するな」 「まぁ、アーサーって変わり者っていう噂だからな」 「生き別れの妹を探して、シレジア半島を歩いて旅してたんだっけ」 「フィーの話だとそうらしいな。つうか、冬のシレジアを歩いて旅するのって自殺行為だろ」 セリスの背中側に席を取った二人は、聞き耳を立てずとも漏れ聞こえてくるセリスの愚痴を聞き流して、アーサーの情報を交換し合う。 「結局、見つかったんだっけ」 「さぁ……よく知らないな」 「アーサーなら、見つかっても普段と変わらなさそうだよなぁ」 「そうだろうな」 二人がそう言っている間にも、セリスの熱弁がさらに熱を帯び始める。 「だから、僕は言ったんだよ。何もやましいところはないんだって」 「誤解か」 「そう、誤解だよ。僕はただ、まだ慣れていないだろうからってね」 背後で聞いているデルムットとスカサハの二人は、淡々とセリスの話を進めさせるアーサーに感心していた。 熱くなり始めたセリスは、悪い意味で視野が狭くなる。 「それに、凄く薄幸そうで気になるじゃないか。 「あぁ、あの女剣士」 「ラクチェが普通なら、ユリアなんてもっと優しくいたわらなくちゃいけなくなるけどさ」 妹の名前の出され方に、スカサハが軽く眼頭を押さえる。 「ユリア様がらみか」 「ユリアって、あの銀髪の娘かな」 「そうだろうな。レヴィン様が連れていた方だ」 「たしかに、あんな女の子と比べたら、ウチのラクチェなんて男扱いされるよな」 本人がいないからこそ言える発言をした後で、スカサハがさりげなく身構えていることからも視線をそらしつつ、デルムッドは昨晩のことを思い出そうとしていた。 「昨晩、何かあったかな」 「いや。特に軍議もなかった。 「セリス様も普通だったよな」 「夕食の時までは。夕食の後は会ってないから知らない」 スカサハの言葉を受けて、デルムッドは昨晩の夜勤の担当者の名前を頭の中に思い浮かべ、小首を傾げた。 「昨日の夜勤の担当はアーサーだったよな」 「あぁ。後はイザークの民兵だ」 「そこでも何か起こりそうにはないよなぁ」 「まるっきりプライベートだろうな」 「つくづく面倒くさいな」 スカサハよりも先に食事を終えたデルムッドは、セリスに対応しているアーサーの様子を見るために、食べ終えた食器を手に席を立った。 「こちらから謝ったんだよ。 「あぁ、そうなんですか」 食器をカウンターに返却したデルムッドは、ひと際声の大きくなったセリスと、どこまでも冷静なアーサーのやり取りに、思わず二人を直視していた。 「アーサー、君だって今日の午後が自由なことは知ってるだろう。 セリスのセリフを聞いたデルムッドは、セリスの不機嫌な理由のおおよそがわかり、小さくため息をついた。 「いや、オレは夜警があったし」 「いや、それだったらなおさら、君は朝から自由だろ」 「眠いし、夜警明けは」 「それはそうだろうけど、もう起きているんだろう。今日の午後とかはどうするのさ」 「これから部屋に帰って寝ますよ」 アーサーの言葉に周囲を見まわしたセリスと、二人を直視していたデルムッドの視線が合ってしまう。 「デルムッド、いいところにいたね」 「いやいや、食器を返しに来ただけですから」 「食べ終わったんなら、少しぐらい付き合ってくれてもいいんじゃないかな」 笑顔で迫るセリスに、デルムッドは観念したようにスカサハを巻きこもうと視線を向けた。 「……そこに座っていた人なら、走っていったよ」 カウンターへ食器を返しながら、アーサーがデルムッドに伝える。 「あいつめ」 「よし、僕たち三人もこれから城下へ行こう」 「いや、あの、唐突過ぎませんか」 「デルムッドだって、ラクチェが気になるだろう」 「セリス様がラナのことを気にしているんでしょう」 そう言ったデルムッドをあっさりと無視して、セリスは右手でデルムッドを、左手でアーサーを連れて、意気の上がらない二人とは対照的な表情で食堂を出て行った。 |
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