紅い髪

(前編)


 明日はついにシアルフィ城へ乗り込むという前夜、全員を集めて軍議が開かれていた。

「みんな、明日はとうとうシアルフィだ。本当に、ここまでよくやってくれた」

 セリスの言葉に、全員が軽く頭を下げる。

 解放軍のリーダーとして、セリスはすでに一人前の風格を備え持つようになっていた。

「明日の昼過ぎには、シアルフィ城へ乗り込むことになる。逆に、そうでなければ我々解放軍の勝目は薄い」

「オイフェの言う通りだと思う。あまり長く闘っていては、援軍が駆けつけるかもしれない。
 そうなった時、僕たちには援軍がないんだ。全兵力を動員してしまっているからね。
 だから、今のうちにアルヴィスの許へ突撃する者を決めようと思う」

 セリスがそこで一端言葉を区切ると、間を置かずにデルムッドが手を挙げた。

 セリスが視線で発言を促すと、デルムッドは軽く一礼をしてから口を開く。

「セリス様、シグルド様の仇を討ちたいのでは?」

「うん。でも、アルヴィスはみんなの両親の仇でもある。それに、アルヴィスはファラフレイムを持っている筈だ。
 そのアルヴィスに対して、僕には聖なる武器がない」

「大丈夫よ、セリス様なら。あたしがついてんだから」

 ラクチェがそう言った途端、ヨハンが大きく肯く。

「そうだな。炎に対抗しうる雷の武器は、扱える者がいないのだから」

 そう。解放軍側にある聖なる魔道書は、セティのフォルセティのみなのだ。

 しかし、フォルセティとファラフレイムでは、ややファラフレイムの方が有利である。

 随って、セティを強く推す必要もないのだ。

 場の雰囲気がセリスの突撃で固まろうとしていた時、軍議においては発言することのない者が立ち上がる。

「ワリィ。アルヴィスは、俺にやらせてくれないか」

「アーサー?」

「もちろん、今の俺じゃ、まだ足りないかもしれない。今までをフイにしちまうかもしれない」

 普段は多くを話さないアーサーの台詞に、口を挟む者はいなかった。

「でもな、やっぱ……頼むよ。俺に、行かせてくれ」

 そう言って頭を下げるアーサー。

 普段では考えられないほど、アーサーのお辞儀は深かった。

 机に額が付くかのようにして、アーサーは待った。

「……わかった。お前に任せるとしよう」

 そう告げたのは、軍師・レヴィンだった。

「……感謝する」

 それだけ言うと、アーサーは気が抜けたように席についた。

 セリスがチラリとレヴィンを見たが、レヴィンには何の反応もない。

 セリスは仕方なく、軍議を終えることにした。

「それじゃ、解散。明日の出立は予定通り。アーサー、突撃人員の選出は任せるよ」

 


「……お兄様、どうしてあのようなことを?」

 軍議を終えてアーサーの部屋に入るなり、ティニーが尋ねた。

「これを見れば判るさ」

 そう言うと、アーサーは自分の髪の毛を持ち上げた。

 銀髪の髪がとれ、短くカットされている真紅の髪が姿を見せる。

 それを見たティニーが、息を飲む。

「お兄様、その髪は……!」

「俺の、血の証だろうな。ティニーに会った頃から生えてきたんだ。
 最初は染めてたんだけど、染めるのが面倒になったんだ。誰も知らないことだ」

「その真紅の髪は、紛れもない…ファラの…」

「最初は嫌だった。昔は赤かったんだぜ。ティニーがいなくなって、色が抜けた時、正直嬉しかった」

 言葉を失ったティニーの代わりに、アーサーの独白は続けられた。

「……でもな、解放軍に来て、親父のことを考えられるようになって、色が戻って、また嬉しかった。
 俺の親父はアゼル=ヴェルトマーだって、言える証だもんな。
 ティニーが、ティルテュ母様の娘だって誇れるように、俺も誇れるんだって」

「お兄様……」

 小さく肩を震わせ始めたティニーを見ないように、アーサーは窓の外に視線をやった。

「ファラの過ちは、ファラが糾す。アルヴィスを眠りにつかせられるのは、甥の俺だけなんだ」

 そう言い切ったアーサーは、使い慣れた銀色のカツラを窓の外に投げ捨てた。

 


 翌朝、解放軍の中に、一人だけ紅い髪をした男がいた。

 彼の名は、アーサー=F=ヴェルトマー。

 

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