神として、人として、男として


 塔の中に、一筋の光が挿した。
 それは真っ直ぐに、唯一その光を受ける資格がある男へと注がれ、男の持つ聖杖の中へと集められてゆく。

「……始まったみたいね」

 塔の外で待つように言われた神父の護衛は、光の筋を見て、塔に背を向けた。

「あとは神父様次第。私の役目はこの塔を守ることだけね」

 一人呟くティルテュの目には、海の端々に見える海賊船が映っていた。

 

 

「……大いなるブラギ神よ、私をお導き下さい」

 クロードの言葉は言霊となり、クロードの放つ魔力とともに、その聖杖に注がれてゆく。
 風や波の音さえ遮られている塔の中で、神に最も近い男は一心に祈りを捧げた。

「……神の名の許に、私に真実の姿を! そして、未来を!」

 クロードが叫んだ。

 聖杖から弾き出された光が塔の中で乱反射し、まるであふれ返った水のようにクロードを包み込んでゆく。

「神よ!」

 クロードの意識が光の中に失われ、同時に、塔が眩く輝き始めた。

 

 

 ランゴバルトは、悠然とクルト王子の死体を見下ろしていた。
 その隣にはフリージの将軍数名と、ランゴバルトの信頼する側近が壁となって控えていた。

「……フン、さすがは王位後継者とでも言ったところか」

 フリージの将軍二人と、ランゴバルトの側近の一人を返り討ちにし、クルトは剣を握ったまま死んでいた。

「まぁ、よい。レプトールにこの事を伝えるんだな」
「承知致しました」

 さっさと引き上げにかかるフリージの将軍たちを見ながら、ランゴバルトはその手にある、血が滴る斧を握り締めた。

「所詮、貴様はその程度の男よな……あの女の方が数倍出来おるわ」
「ランゴバルト様?」

 滅多に聞くことのない主の呟きに反応した部下をその大きな手で張り飛ばし、ランゴバルトは笑った。

「何でもないわい! さぁ、さっさとイザーク制圧といくかぁ!」
「ハッ」

 いつものように陽気に声を上げ、ドズル軍は動き始めた。

 

 ランゴバルトの許から帰還した将軍の報告を聞き、レプトールは静かに呟いた。

「所詮、聖戦士といえどもただの人間。結局は強い者が勝つのだ」

 レプトールと共にその報告を聞いた次期当主とその新妻は、レプトールに退出を告げると、並ぶようにして城門へと向かった。

「……どう見る?」
「さてね。義父の考えることはわかんないからねぇ」
「父上にしては軽率な行動だ。自棄になったのではないとは思うが」

 心配そうに眉をひそめる次期当主は、隣を歩く新妻に背中を叩かれた。

「シアルフィよりも地理的条件は上なんだよ。自信持ちな」
「さっさと父上を廃してしまった方が良いのではないか?」

 かねてより考えていたことなのだろう。
 さらりと口にする夫に対し、ヒルダは顔にかかった真紅の髪を手で払った。

「今動いたら、クルト王子暗殺の責めをとるスケープゴートを失うことになるよ」
「それはわかっている。だが、自棄になった当主ほど害のある者はいない」
「中央をアルヴィスが掌握していないし、シグルドの軍勢も残ってる。アグストリアを言いくるめられると、厄介だよ」
「……未だ、時期に非ずか」

 渋い表情を続けるブルームの腕を取りながら、ヒルダは耳許で囁いた。

「勝つさ。最後に笑うのはこのあたしだ」
「……その隣で笑っていたいものだな」
「浮気さえしなきゃ、隣にいてやる」
「誰がするか。無理言ってもらった嫁だぞ」
「……早く、子供作ろう」

 城内で新妻を抱きしめる時期当主を隠れて見る侍従達に、不謹慎な笑みが広がった。

 

 

 光の中に、クロードの意識が戻り始める。

「未来を……!」

 

 

「……登城の必要はない」
「アルヴィス卿、まさかッ」
「そう、貴様達には反逆者として、この場で死んでもらおう」

 アルヴィスの号令で、華やかな参列者が一斉に牙を剥く。
 瞬時に戦闘態勢をとるも、メティオ連発の前には何の役にも立たない。

「……ティルテュ、行くよ」
「そうね。私たちはまだ、死ぬわけにはいかないものね」
「シグルド、レックス、みんな……恨みなら僕が引き受ける」

 戦場をいち早く駆け抜けた一騎を追おうとする魔術士の背中から、大きな刃が振り下ろされる。
 倒れた魔術士の背後に立ったのは、鋼の大剣を振るったホリンだった。

「バイ、アゼル」
「逃げたか?」
「あぁ、綺麗に脱出して行ったぜ」
「なら、後は少しでも多くを道連れにするか」
「お前さんは?」
「ヤモメの仕事はここで死ぬことだろ?」
「へっ、違いないな」

 レックスとホリンは互いに背後を庇いあいながら、増える生傷に怯むことなく防戦を開始した。

 二人を含むヤモメ達の必死の戦闘で、次々と女性陣が脱出を果たす。
 それでも、最初にジャムカが、デューが、次々とメティオの前に平伏するのは仕方のないことなのか。

「王子!」
「行けッ、貴様には守るべき者がいるだろう!」
「行ってよ、ミデェール。オイラ達、無駄にしないでよ」

 先に脱出させたエーディンを追い、馬を飛ばすミデェールの目には涙が浮かんでいた。
 その涙の雫が当たったのか、デューの視界が消えた。
 それは、己の血でそうなっただけなのだが、デューはジャムカに肩を預け、微笑むことにした。

「オイラが女だった……ら、どうする?」
「さぁな。俺、胸のない女は嫌いだしな」
「……野郎同士で死ぬのって、オイラの辞書にはなかったよ」

 苦しげに血を吐いたデューを横たわらせ、ジャムカは空になった背中の矢入れを逆さに振った。

「打ち止めだ」
「ドジったなぁ……」
「あの世では男女として会いたいもんだな」
「だったら、オイラ、ジャムカよりもミデェール選ぶ」
「……死んどけ」

 二人をメティオが包み込む。
 骨まで溶かす高温の炎と衝撃に、二人の生きた証は残らない。

 

 一方的な虐殺には終わりはしなかったものの、圧倒的な勝利をアルヴィス側は得ていた。
 しかし、そんな中、アルヴィスは焼け爛れた無人の大地を踏みしめるようにして歩いていた。

「アゼル……俺は一人でも成し遂げる。たとえそれが、誰の命を奪おうとも。暗黒教団を一時的にのさばらせても、な」

 一人で歩くアルヴィスに護衛はいない。
 アイーダはアルヴィスの代わりに事後処理を進めているし、彼女以上に彼に近づける人間はいない。

 そんなアルヴィスを高台で一組の男女が見つめていた。
 女は矢をつがえ、ピタリと照準をあわせる。
 並の弓矢では届きはしないが、女は自信をもって照準をつけていた。

「何で……止めないんだ?」

 自分自身、照準をつけるだけにしている女の問いかけに、女を高台まで運んだ男は馬から降りて答えた。

「主君殺されたんだ。オレだって恨んでるさ」

 そう言いながら、アレクはブリキッドの手に自分の手を重ねた。

「でもな、今のオレの主君はセリス様だ」
「どうする気だい?」
「知り合いに孤児院をやっている男がいる。そこに世話にでもなるさ」

 そのまま、アルヴィスが荒野を立ち去るまで数時間。
 矢の照準先を失ったブリキッドは、ようやく矢を弓から外した。

「世話になる」
「コノートまで行く事になる」
「元々、アタシに帰る土地なんてないよ」
「なら、乗れよ」

 アレクの手を借りて馬の背に跨ったブリキッドは、アレクの背中を涙で濡らした。
 後ろの女性に触れるでなく、アレクは手綱だけに意識を集中させながら、静かに言った。

「……無茶な戦いの始まりだな」

 アレクの腰には、親友から送られた、シアルフィの星と呼ばれる宝石が輝いていた。

 

 

 塔の光が収束へと向かう。
 光の中で姿を取り戻したクロードは、自らの持つ聖杖を叩き付けた。

「これが、真実と現実だと? 神よ……私に何をお望みなのですかッ」

 クロードの激情は止まることを知らず、クロードの手は祭壇の一部を破壊し、赤い彩色を施した。

「彼等は何の為に戦うというのですかッ」

 

 クロードは塔の中に聖杖を置き去りにすると、自らの手で塔の扉を開け放した。

 すぐ入り口まで迫っている盗賊をトローンで貫き終えたティルテュは、その姿に絶句する。

「行きましょう……真実も未来も、何も神は語り掛けてはくれませんでしたよ」
「そう……なの?」

 ティルテュの怖気づいた声に振り返ることもなく、クロードはオーガヒル砦へ向かって歩き出す。
 何も持たず、何も信じず。

 ただあるのは、未来を知ってしまった者が持つ、虚無と足掻きの心。
 神に最も近い者が犯した原罪は、彼を最も弱い人間へと輪廻させる。
 ただ一つの、真実という枷を背負わして。

 


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