馬鹿と呼べる男


1

「……マギの女剣士、もらったァッ」

「ウルサイ!」

 混戦となった戦場で、ショートカットを立たせながら剣を振るう女剣士は、四方から群がる敵を次々と
切り倒してゆく。
 見事なまでのその動きは、マギ団随一の女剣士の名を不動のものとしている。

「クソッ、化け物がッ」

 後へ下がりながら捨て台詞を吐いた者を睨み付け、マチュアは静かに歩を進めた。

 

「マチュア、深追いするな!」

 遠くから叫ぶ仲間の声は、頭に血の上っているマチュアには聞こえていないようだった。

 次々と襲い来る敵を薙ぎ払いながら、マチュアは徐々に敵陣の中央へとのめりこんで行く。

「くそっ、聞こえてないのかッ」

 一人の男が馬の腹を蹴り、マチュアの許へと駆けようとするが、なかなか動けるものではない。
 再び男の前に立ちはだかる敵軍に、男は愛用の斧でもって道を開く。

 

 男のことなど気付きもせず、マチュアはただ剣を振るい続けた。
 かかってくる者には容赦なく、背中を見せた相手にはその矛先だけを、逃げ出した相手には視線を送り、
彼女はひたすらに混戦を収めようと戦い続けていた。

「もらったぞ、女!」

「…ッ!」

 声にならない悲鳴を上げ、マチュアは辛うじて致命傷を避けようと体をひねった。
 彼女に振り下ろされた刃は、彼女を袈裟に斬りつけた。

 

「マチュア!」

 その愛馬を男に体当たりさせ、ブライトンは倒れ掛かったマチュアを抱き留めた。

「マチュア、しっかりするんだッ」

「……ブライ……」

 彼の名前さえ呼ぶことのできない彼女を片腕で抱き留め、ブライトンは愛馬を口笛で呼び戻した。

「死ねェッ」

「邪魔だ!」

 一斉にかかって来た三人を一閃で叩き伏せ、ブライトンは彼女を担いで愛馬に飛び乗った。
 後をすがって来る者に手斧を投げつけ、敵陣の中を駆け抜ける。

 

 戦いは、いまだ混乱の様相を呈していた。

 


「……どうだ、具合は?」

「駄目だわ。全然熱が引かないの。このままだと、危険だわ」

「もう少し早く助けに行くことができていれば……」

 拳を握り締めるブライトンに、昨夜から寝ずの看病を続けているサフィは悲しげに微笑んだ。

「戦場だもの、仕方ないわ」

「そんな言葉で済ませられるなら、私はここで戦ったりはしない」

 サフィの横に立ち、ブライトンはマギ団随一の剣士の頬に手を触れた。
 年頃をやや過ぎた女性の頬は、張りと同時に柔らかさでもって彼の手を包んだ。

 彼はそっと頬を押さえつけると、手を離してサフィに向いた。

「休んでくれ。マチュアは私が見ていよう」

「ありがたくそうさせてもらいます。でも、貴方も少しは休んでくださいね」

「ありがとう。徹夜は夜番で慣れている」

 サフィが欠伸を噛み殺しながら扉の向こうに消えると、ブライトンは今までサフィの座っていたイスに
腰を下ろした。

「……死ぬな、マチュア」

 


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