乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。

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  第一話 将来のクールビューティーがいじめられていました  

「あら?」
 私はちょっと驚いて、声を上げた。隣を歩くリカルドも、青色の両目を丸くした後で、あきれたように言う。
「魔法学校に入学して、まだ数日しかたっていないのに、弱い者いじめか。しかも下校時の校門という目立つ場所で」
 彼の言うとおり、校門の近くに新入生の男の子たちが立っている。体の小ささと、制服のネクタイの色で、――一年生は緑色のネクタイだ、彼らが新入生と分かる。背の低い、気弱そうな金髪の少年を、えらそうな態度の男の子たちが囲んでいるのだ。
「貴族の子どもたちが、平民の同級生をいじめる。よくある光景だが、不愉快だな」
 リカルドが怒った様子で、茶色の髪をかく。彼は、そういったいじめが大嫌いだ。この魔法学校には、厳しい入学試験を合格できた、魔法の得意な子どもばかりが集まる。さらに入学試験に挑戦できるのは、十三才から十四才の子どものみ。なので、かなりのせまき門だ。
 年齢と能力に関してはせまき門だが、この学校は生徒の身分にはこだわらない。なので、平民から貴族までが在学している。王子や王女が在籍しているときもある。学校は、王都の中心部にあるのだ。
 学校の中では、身分に寄らず、みな対等な関係を築く。……というのは理想論で、やはり王侯貴族は特権階級として振る舞うし、平民は肩身がせまい。影で暴力を受けることもある。私は冷静に、リカルドに言った。
「そうね。さぁ、行きましょう」
 ふたりで、新入生の男の子たちのもとへ足早に向かう。今、同級生たちに囲まれて、うつむいている金髪の子は平民だろう。そして彼を囲んでいるのは、学校内でも自分たちには権力があるとかんちがいしている貴族たちだ。
「私は、四年生のソフィア・ルッソです。この九月から生徒会長を務めています」
 私が名乗ると、いじめっこたちはびっくりした。生徒会長の登場に、彼らは困惑している。私の隣に立つリカルドにも視線をやり、次の瞬間、目を向いた。
「副会長のリカルドだ。同じく四年生」
 リカルドは穏やかに話しているが、男の子たちの顔色が見る見るうちに青くなっていく。なぜならリカルドは、がたいがいい。背も高いし、声も低くて、威圧感がある。まだ十七才の青年だが、彼は迫力があるのだ。
 対して新入生の男の子たちは、入学したての十四才。リカルドに比べれば、小さくてかわいいものだ。体つきも、ひょろひょろとしている。
「お父様に言いつけてやる。俺の父親は伯爵だからな!」
 いじめっ子のうちのひとりはさけんで、金髪の子にわざとぶつかってから一目散に逃げた。ほかのいじめっ子たちも、どうしようと顔を見合わせた後で逃げていく。
「今から悪行を学校長に言いつけられるのは、自分たちの方なのにな」
 リカルドはあきれている。
「ソフィア、彼らの顔を覚えているか?」
「もちろん」
 私はうなずいた。彼らは明日、先生方から注意を受けるだろう。お説教されて、行いを正しくするならそれでよし。まだいじめを続けるようならば、退学させられるだけだ。
 次に私は、困ったような顔でこちらを見ている金髪の子に笑いかける。彼は、いじめられていた子だ。
「大丈夫? あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「僕はミケーレです。彼らから『家名や父の爵位を教えろ』とせまられて、困っていました」
 彼は、にこりとほほ笑む。天使のように愛らしい笑みだ。瞳の色は、優しげな茶色。今はかわいい感じだけど、数年後には学校一の美青年になりそうだ。体つきも今はほっそりとしているが、四年生になるころには……。
 その瞬間、私は雷にうたれたような衝撃を受けた。ミケーレを私は知っている。学校で一番のクールビューティー。過去につらい恋をしたせいで、恋愛には臆病。父親から愛されていないらしく、陰うつな影も背負っている。
「助けていただいて、ありがとうございます」
 ミケーレは、きらきらとした瞳で私とリカルドを見つめている。両手に、学校指定の革の手提げカバンを、健気に持っている。私とリカルドも同じものを持っているが、ミケーレが持つとカバンが大きく見える。教科書のたくさん入ったカバンだ。
「どういたしまして」
 リカルドは、にこっと笑う。ミケーレは、あこがれのまなざしを彼に向けた。私は表面を取り繕うために、笑みを口もとにきざんだ。しかし内心では動揺している。
 今、私の頭の中に、一気に情報が流れこんできているのだ。今まで忘れていた前世の記憶が。私は前世、日本で暮らす普通の大学生だった。電車通学のヒマつぶしに、スマートフォンで簡単な乙女ゲームをやっていた。ゲーム内課金のある、基本プレイ無料のアプリだ。
 魔法学校に入学して、魔法のレベルを上げつつ、イケメンたちを攻略する。恋愛が主体だが、エロ要素はない。ゲームのラストあたりでは、特に意味なく復活した、世界をほろぼそうとするやみのドラゴンも倒す。そのゲームの中に、私はいる。
 私は信じられない気持ちで、目の前にいるミケーレを見た。彼は、攻略対象キャラのひとりだ。ゲーム内では、四年生の生徒会長だった。今はまだ、入学したての一年生だけど。
「ミケーレ君が、家名やお父さんの爵位を教えたくないのは、どうしてなの?」
 私は、何も知らないふりをして質問をする。胸がどきどきするし、背中にはあせをかいている。ミケーレはまじめな表情になった。
「僕は学校では、ただのミケーレでいたいのです。単なるひとりの少年として、ほかの生徒たちと接したいのです」
――俺は学校では、ただのミケーレでいたい。単なるひとりの青年として、君と話したい。
 ゲームで聞いたせりふと似ていて、私は震えた。本当に、本当の本当に、ここはゲームの世界だ。ミケーレはそのうち、一人称が「僕」から「俺」になるのだろう。少なくともゲーム開始時には「俺」になっている。
「そっか。そういうのもいいな!」
 リカルドは笑って、ミケーレの金髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。ミケーレを気に入ったらしい。
「わぁ!?」
 ミケーレは驚いて、目を白黒させる。私はリカルドの行為を止めるべきか悩んだ。ミケーレは嫌がっていないようだけど、彼の身分を考えると、――そのとき、校門の近くに、王家の紋章のついた馬車が停まった。
 馬車から、品のいい初老の男性が出てくる。彼は、ミケーレの頭をわしづかみにしているリカルドを見て震えあがった。
「無礼者、ミケーレ殿下に何をしている!」
 男性は激怒して、きょとんとするリカルドに詰め寄る。
「待って。落ちついて。ほら、学校内では身分を内緒にしたいと話していただろ?」
 ミケーレはあわてて、初老の男性をなだめる。
「ですが、殿下。ものごとには限度があります」
「王子であることは秘密にしたいんだ。城から通っていることも知られたくない」
 ミケーレと初老の男性は、大声で話し続ける。殿下、殿下と連呼され、さらには王家の紋章のついた立派な馬車。帰宅途中の生徒たちはみな、じろじろとミケーレたちを見ていた。この学校には寮はなく、下校時には全員、この門を通るのだ。
「あいつ、王子なの?」
 リカルドは意外そうな顔で、私にたずねる。彼は多分、ミケーレは貴族の子どもと考えていたのだろう。私は首を縦に振った。
「うん。本人は内緒にしたいみたいだけど」
 リカルドは小首をかしげる。
「ソフィアは、あの子の身分を知っていたのか?」
 私はぎくりとした。しまった。言葉の選び方をまちがえた。「うん」ではなく「そうみたいね」と答えるべきだった。私は笑顔を作った。
「当然、知らなかった。でも、あの馬車とあのおじいさんを見れば分かる」
「だよなぁ」
 リカルドと私は苦笑した。リカルドはミケーレの方を見る。
「あれじゃあ、周囲にばれるのは時間の問題だ」
 ミケーレは一生懸命だけど、まるでコントのようだ。ほほ笑ましいというか何というか。ゲームの中では完璧超人だったミケーレも、まだ一年生。十四才の少年だ。
 王子という身分はばれる。実際にゲーム内では、ミケーレは身分を隠していなかった。つまり四年生のときには、完全に周知されてしまったのだろう。
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