戻る | 続き | HOME

  塔の中の魔法使い 05  

ハノンはおよそ八年ぶりに,王と会った.
王の書斎で,二人きりで面談する.
王はハノンに,冷たく言い渡した.
「昨日の局地的大雨で,王宮の花壇が流れ,三本の木が焼けこげた.」
「申しわけございません.」
ハノンは低頭する.
足もとには,使い魔のソナタが付き添っていた.
「ハノン,お前は何歳になった?」
「ごめんなさい.」
「私は歳を聞いたのだが?」
王の声がさらに冷たくなり,ソナタはあきれた顔つきになる.
ハノンは「あ,あの,」とどもった後で,なんとか答えた.
「十八歳と五か月です,陛下.」
「十八歳になれば魔力を制御できるだろうという,ソナチネの言葉を信じていたが.」
「これからがんばります!」
見捨てないでくださいと叫ぶ.
十八歳の誕生日に,ハノンは塔から出るように命じられた.
しかし八年間を塔の中だけで過ごしたハノンにとって,外の世界は怖いものだった.
人と会うことも,話すことも恐ろしい.
だからハノンは,なんだかんだと理由をつけて塔にこもった.
すると,王がバイエルに命じたのだ.
結婚相手を自分の意思で選べ,と.
ハノンは王の命令に仰天した.
塔にこもったままでは,バイエルを他の男性に奪われてしまう.
ハノンは塔から出て,せめてバイエルに逢わなければならなくなった.
ところがハノンにとっても王にとっても予想外だったのが,バイエルの行動である.
バイエルは塔を登ったのだ.
ハノンは喜んだが,自分の恋心が魔力を暴走させていることに気づいた.
制御できるようになっていた魔力が,再び制御できなくなった.
塔から出ないのではなく,出られなくなってしまったのだ.
「もう二度と,塔にこもりません.」
固く決意する.
ミュラーはこの場は譲ると言っただけで,バイエルをあきらめたわけではない.
さらにミュラー以外の男性も,きっといるにちがいなかった.
「器量は悪いが,バイエルは意外に役に立つ娘だったみたいだな.」
王は,口の端をゆがめる.
「バイエルは,僕が必ず幸せにします.」
「好きにすればいい.あれは八年前から,お前のための花だ.」
ハノンは塔に入るときに,王と秘密裏に約束していた.
バイエルと結婚することを.
その結婚と引きかえに,大きな魔力で王国を守ることを.
もしもハノンが塔から出ていれば,王はバイエルにハノンとの結婚を命じただろう.
王が配偶者を自分で選ぶように命じたのは,ハノンを塔から引きずりだすためだった.
バイエルは,大陸一の魔法使いソナチネの弟子を得るためのえさだったのだ.
ハノンは,王の顔を見上げる.
王には人間らしい情はないと言った,ソナチネの言葉が思い出された.
――皆は言う,王が私に嫉妬していると.
ハノンの魔力を認め,守り育ててくれたソナチネ.
――しかし王に嫉妬心は存在しない.王にあるのは,国を守る使命だけだ.
「師匠ソナチネのあとをつぎ,僕が王国を守ります.」
どこの国からも侵略されないように,どんな異常気象にもおそわれないように.
ずっと平和で穏やかであるように.
「八年間も待ってやったのだ,私を失望させるな.」
「はい.」
ハノンは一礼して,ソナタとともに書斎を出た.
短くなった前髪に,思った以上に広い世界に,まだ少しだけとまどっている.
王に会う前に,ハノンの身だしなみを整えてくれたのはバイエルだ.
ぼさぼさだった髪を切り,新しい服を用意してくれた.
さっぱりとしたハノンに,ソナタはにんまりと笑んで,
「これで,陛下の不興を買わずにすむだろう.」
と,バイエルに聞こえないように小声でしゃべった.
ハノンは背筋をしゃんと伸ばして,王宮の廊下を歩く.
王国を守る魔法使いとして,誰よりも立派な男になってみせる.
ふと窓から空を見上げると,見事な快晴だった.
「いい天気だなぁ.」
空は青く,どこまでも澄んでいる.
「姫には雨ぐもではなく,太陽がにあう.」
ソナタのせりふに,ハノンは「うん.」とうなづいた.
バイエルは,すっかりと落ちついた性格になったハノンの分まで,明るくて元気な姫君だから.
ハノンたちが部屋に帰れば,「おかえりなさい!」と笑顔で迎えてくれるだろう.
それは王にとっては無価値なものかもしれない,けれどハノンにとっては.
確信する,そのほほ笑みがあるからこそ王国は守られるのだ.
ハノンはソナタと一緒に,バイエルの部屋まで駆けていった.
戻る | 続き | HOME
Copyright (c) 2009-2012 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-