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  塔の中の魔法使い 02  

十六歳の誕生日に,王はバイエルにひとつの命令を下した.
すなわち,結婚相手を自分で決めろと.
バイエルは本気で,自分の耳を疑った.
王の政略次第でいつどこへ嫁がされるのか,毎日ひやひやしていたのに.
王の周囲の者たちは,王はバイエルが末娘だから甘やかしているとささやいた.
確かに,頭ごなしに誰それと結婚しろと命じられた姉たちに比べれば,バイエルは恵まれている.
バイエルは,この好機を逃すまいと決意した.
だから命令が下されたその日のうちに,塔へ向かったのだ.
たとえ王がハノンをうとましく思っていても,好きに選べと命じたのだから,文句は言えない.

塔の階段を一段一段降りながら,バイエルはため息を吐く.
見送りについてくるソナタが,バイエルをなぐさめるように,にゃーんと鳴いた.
だが足取りは重く,ついに腰を下ろしてしまう.
ソナタがバイエルのひざに前足をついて,顔を見上げてきた.
「ねぇ,ソナタ.」
くりくりとした丸い瞳に問いかける.
「私はあきらめた方がいいのかな.」
ハノンを結婚相手に望むことを.
バイエルは幼いころから,不思議な力を持つハノンが好きだった.
ハノンが命じれば,たちまちに花が咲き乱れて,くもり空が晴れ渡ったりした.
「すごい,すごいわ!」
手をたたいて喜ぶバイエルに,ハノンは花かんむりを作って頭にのせてくれた.
「ずっと一緒にいようね.」
「うん.いつか私をお嫁さんにしてね.」
陽だまりの中で,二人はほほ笑みあった.
父も母もバイエルに冷たかったが,ハノンだけは暖かかった.
だからハノンが家族になってくれればいいと感じていた.
しかしハノンは,魔法使いソナチネの死と同時に,塔の中に隠された.
「ソナタがしゃべるわけないか.」
バイエルは苦笑する.
ついうっかり相談めいたことをしてしまった.
ハノンの飼い猫ソナタは,いつも何かを分かったような顔をしているから.
「でも話を聞いてくれて,ありがとう.」
ソナタの頭をなでて,立ち上がる.
十六歳の誕生日に,一世一代の勇気を出して塔を登った.
初恋はいまだに,バイエルの心に根づいていたからだ.
けれど,ハノンの方はちがったらしい.
ハノンは不器用ながらも歓迎してくれるが,けっしてバイエルの想いに応えてくれない.
それとも,王を忌避しているのだろうか.
ならばバイエルの訪問は,ハノンには迷惑なものかもしれない.
バイエルが塔から出ると,しとしとと雨が降っていた.
塔に来たときには晴れていたのに.
「運が悪いなぁ.」
最近,よく雨に降られる.
「それは姫のせいではない.」
塔の中から声をかけられて,バイエルは驚いて振り返った.
「雨が降るのは,ハノンの未熟ゆえ.」
なんとソナタが,人の言葉を話している.
「愛する女性を悲しみの雨に濡らすとは,男の風上にもおけぬ.」
夢を見ているのだろうか,猫がしゃべるなんて.
バイエルは自分のほおをつねった.
ソナタがあきれたように,目を細める.
「だが,できれば見捨てないでやってほしい.」
「うん.」
返事をすると,ソナタは満足げに笑んで,階段を登っていく.
バイエルはぼう然として,雨の中で立ちつくしてしまった.
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