番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項なし

夏休み勇者特論(ヒーロー特別論考) 番外編

要望,規制,約束の言葉.

written by 宣芳まゆり
「リルカ,こっち向いて,」
楽しげな健の声に,リルカはふと振り向いた.
とたんにカメラのフラッシュが光る.
日本ではありふれた光景だ,しかし異世界の人間であるリルカは驚いて悲鳴を上げた.

「今のは何?」
驚くリルカに向かって,健は説明をしてみせた.
「カメラだよ,リルカ.」
日本で買って持ってきたインスタントカメラを見せて言う.
「写真,まぁ,絵みたいなものが撮れるんだ.」
リルカは不思議そうな顔をして,琥珀色の瞳を瞬かせた.

今年の夏休みで,この世界に行くのはもう4回目だ.
「笑ってよ,リルカ.」
剣と魔法,そして魔物たちがばっこする異世界.
「驚いた顔よりも笑顔が欲しい.」
封印から復活した魔王を倒す勇者として,健はこの国に召喚されたのだ.

するとリルカは薄桃色の髪と同じ色に頬を染める.
2歳も歳下のくせに,どうしてこの少年はこうゆう天然たらしな台詞を吐くのだろうか.
「タケル,そろそろ帰らなくていいの?」
上目遣いにねめつけながら,リルカは聞いた.
「うん,まぁ…….」
リルカの問いに,健は気のない返事を返す.

今日は日本の日付では,8月31日だ.
健の夏休みが終わる,明日からは普通の日本の高校生に戻らなくてはならない.
さしもせまった夕暮れ時,もういいかげん日本に帰らないといけない.

「リルカさぁ……,」
王城の中庭で二人きり,健は背負ったリュックを背負いなおした.
「ちょっとだけ約束してよ,そうしたら安心して日本に帰れるから.」
日本に帰りたくないわけではない,ただ……,
「何を?」
きょとんと首をかしげる,この少女はここ,カストーニア王国のただ独りきりの王族だ.

「俺が来年の夏に来るまでは,魔族との戦場には出ないで.」
健としては真面目に言ったつもりなのに,リルカはやんわりと微笑んだ.
「それは無理よ,タケル.」
魔王を倒すために存在する一族,それがカストーニア王家だ.
「私はこの国の王女だから…….」

「その言葉,禁止したいな.」
16歳という年齢の割には男くさい笑みを浮かべて,健は言った.
「王女だろうが何だろうが,」
俺の前では気張らずに,無理をせずに,ただの女性で居てほしい.

思わず口から出かかった台詞に,健自身が一番ぎょっとする.
「じゃぁさ,」
照れ隠しに頭を掻きつつ,健は視線を宙にさまよわせた.
「怪我しないで,」

すると今度はリルカは素直に頷く.
「……努力する.」
「あ,それからぁ,」
健は普段はあまり使わない頭をひねった.
「俺が居ないときは泣かないで.」
「はぁ!?」

素っ頓狂な声を出すリルカに向かって,健は笑って見せた.
「だってリルカ,すぐに泣くじゃん,花が枯れただの怖い夢を見ただので,」
「そんなので泣いてないわよ!」
真っ赤になって言い返すリルカに,健はただ笑って返す.

リルカの泣く理由など決まりきっている.
だから冗談を言ってちゃかすことしかできない.
彼女はこの細い両肩に兵士たちの命を背負っているのだ.

「そうだ,それとぉ,」
「まだあるの?」
リルカはうんざりして答えた.
「俺の知らない男とはしゃべらないように.」
「はい?」

だんだんとリルカには意味の分からない要望になってくる.
「後は……,何があるかなぁ,」
真剣に悩み込む健に,リルカは呆れた.
日も落ちて,どんどんと暗くなってくる.
「タケル,そろそろ帰りなさいよ.」

「その言葉も禁止したいな.」
言葉とうらはらな寂しげな表情に思わず苦笑してしまう.
一度でいいから,帰らないでと言って欲しいのかもしれない.
そうしたら,自分はどうするのだろうか…….
家族も学校も何もかも捨てて,この世界に留まってしまうのかもしれない.

「リルカぁ,最後に一つだけ,」
健は再びカメラを構えて言った.
「笑って.」
ぶすっとすねた顔とカメラのフラッシュに驚いた顔.
結局,その二つだけを持って,健は日本に帰るのだ.
本編情報
作品名 夏休み勇者特論(ヒーロー特別論考)
作者名 宣芳まゆり
掲載サイト Silent Moon 〜静かな夜だから〜
注意事項 年齢制限なし / 性別注意事項なし / 表現注意事項なし / 完結
紹介 勇者の条件,それは魔王を倒してお姫様を守ること! 異世界召喚ものヒーローアドベンチャー.
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