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  光の地球  

 暗がりの中、一人の少女が現れる。少女は目だけを動かして、辺りを探った。少女の表情がほっと緩む。明かりを見つけたのだろう。
 明かりは蝋燭の炎だった。蝋燭は、円形の小さなテーブルの上にある。テーブルのそばには二脚の椅子があり、一人の男が座っていた。
 男は少女に気づいて微笑む。
「ようこそ」
 男は立ち上がった。
「こちらの席へ、どうぞ」
 少女は少しの間だけ逡巡したが、椅子に座った。男もまた腰をおろす。
「さっそくだけど、君の死んだ時間と場所を教えてくれるかな?」
 気分を悪くしたらしく、少女は顔をしかめた。しかしすぐに、すました顔つきになる。
「さっき閻魔様に教えたとーりでーす」
 男は苦笑した。
「君の言う“閻魔様”に、僕のことは聞いたかい?」
「聞いたよ、調査に協力してくれって。調査って何?」
 少女はプリーツスカートのポケットから、携帯電話を取り出す。
「やっぱりここも電波が入ってなーい」
 いらいらとしながら、茶色に染まった髪をかき乱した。
「てゆうか、ここ、暗い。電気をつけてよ」
「電気とは?」
 男は穏やかに問いただす。
「電気は電気でしょ! 明るくしてよ」
「蝋燭がある」
 少女は「足りない!」と言い返した。蝋燭の光は、とても弱弱しい。
「それに寒いし。エアコンはないの?」
 男は右手を、ひらりと上げた。白い紙が男の手に、ふわりと収まる。
 目を細くして、男は紙面を見た。少女の名前、年齢、国籍などを読み上げる。
「――交通事故死」
 少女の顔に、はっきりとした嫌悪が浮かんだ。整えられた細い眉が上がり、紅の塗られた唇が引き結ばれる。
「憐れだ」
 男は、ぽつりとこぼした。
「文明によって殺されたというのに、君はまだ文明に頼っている」
 少女の肩が、すとんと落ちる。
「何を言っているの? 理解できない」
「夜は暗い。当然のことだ」
「はぁ!?」
 少女は、とんがった声で聞き返した。
「夜の暗さ、冬の寒さを受け入れられない人間は憐れだ」
「ちょっと、おじさんってば」
 少女は椅子の背にもたれて、足を組みかえる。
「宗教の人? 勧誘はやめてよね」
 男は静かに立ち上がった。
「調査に協力してくれてありがとう。もう十分だ」
「はぁ」
 拍子抜けしたように、少女は口をあんぐりと開ける。
「いっていいよ」
 だが少女は不安げに、男の顔を見上げる。
「どこへ?」
 少女の顔に、初めて死の影が映った。
「君のおじいさんやおばあさんがいったところへ」
「嫌よ。ケータイが使えない」
 白い頬に涙が流れ、赤いどろりとした液体に変わる。血だまりを残して、少女は消えた。
「便利な電話、便利な照明、便利な空調……」
 男はふうと息を落とす。
「君の命は終わりかけているようだ」
 青いテーブルの上で、揺れる蝋燭の炎。蝋燭はすでに短く、いつ燃え尽きるとも知れない。
「君には代わりがないというのに」
 先ほどの少女を殺したものによって、殺されようとしている。
 ――かけがえのない、私たちの地球。
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第六回チャレンジカップ』参加作品

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