悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

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  15 雪が降る、森の中の別荘にて  

 翌日、私はヒューゴとともにイネスに会いに行った。イネスに会いたいとヒューゴに頼むと、ヒューゴは簡単に了承したのだ。イネスは、王都郊外の森の中にある別荘にいるらしい。
 森のそばで、馬車から降りる。雪が降っていた。アイビーの葬儀があった日と同じく、静かな日だった。
「寒いな」
 吐く息が白い。今はもう二月だ。ヒューゴはマントを脱ぐと、私にかぶせた。私はびっくりする。
「君に風邪をひかせると、イーサン殿下がうるさい」
 彼はにやにやと笑った。私は、ありがとうと言う。なぜだろう、今のですごくあたたかくなった。少しはずかしいような、ふしぎな気分だ。
 森の中の小道を歩いていく。雪は降っているけれど、積もってはいない。別荘が見えてきた。入り口には、王立騎士団の騎士がふたり立っている。イネスを見張っているのだろう。ヒューゴは、ふたりに親しげにあいさつをした。それから問いかける。
「イネスさんの様子は変わらないですか?」
 騎士のうちのひとりが答えた。
「変わらないです。ひとりでのんびりと過ごしています。窓から森を見て、スケッチしていることが多いです」
 騎士は苦笑する。
「こんなにおとなしい殺人犯は初めてです。ウェンディさんも変わらずに毎日、ここに来ます。食事を届けたり絵具を買ってあげたり、かいがいしく世話をやいているようです。ウェンディさん以外は誰も来ないです」
 ヒューゴはうなずいた。イネスが母親から守られていて、私は安心したような切ないような気持ちになった。ヒューゴはドアノッカーを使って、玄関の扉をたたく。ちょっと待つと、イネスが内側から、扉を開いた。彼は、あれ? と目を丸くしてから、ほほ笑む。
「母さんが来たと思いました」
 イネスは白い翼を出して、ふわりと広げた。きれいな翼だった。もう何も隠さなくていいからなのか、イネスは楽そうに見える。目の下のクマはなくなっていた。
「母親とうまくやっているようですね」
 ヒューゴは優しく笑う。
「そうかもしれません」
 イネスは皮肉げに答えた。それから私とヒューゴを、別荘の中へ案内する。居間に入ると、暖炉で火が燃えていて、あたたかかった。
「お茶を出すことすらできませんが、どうぞおかけください」
 イネスは申し訳なさそうに笑って、私とヒューゴにソファーを勧める。私とヒューゴは並んで座り、向かいの席にイネスは腰かけた。テーブルの上には、何も置いていなかった。けれど少し、絵具で汚れている。イネスはためらった後で、話しだす。
「僕はずっと、実の両親が迎えに来てくれることを期待していました。けれどこんな形で、母と交流できると思っていませんでした。父は僕と、顔を合わせたくないそうです」
 イネスは悲しそうに笑って、うつむいた。道中、ヒューゴから聞いたが、イネスの両親には多額の罰金が科せられた。王家の紋章入りのナイフを作らせた罪のためだ。職人の方も、罰金でかたがついたらしい。イネスは顔を上げて、私を見た。
「シエナ、三年前に花園で流れていた、王家の隠し子が花園にいるといううわさを覚えている?」
 私はうなずいた。花園に入学してしばらくたったころ、十月か十一月ごろに流れていたうわさだ。私は、うわさは真実と考えていた。イネスが王子と思っていたからだ。イネスは憂いた顔で告げた。
「あのうわさを流したのは僕だ。誰かが僕に気づいてくれるかもしれない、イーサン殿下が僕に気づいてくれるかもしれないと期待していた」
 あのときイーサンは、何も気にしていなかった。むしろ私に対して、勉強にはついていけるか? 友だちはできているか? と気にしていた。私はなんとなくイネスに申し訳なかった。ヒューゴは静かに話しだす。
「うわさは国王陛下の耳にも入りました。私は陛下のご命令で、王族の方々を調べました。イーサン殿下にはずいぶん、けむたがられました」
 彼は懐かしそうに笑う。それから表情を消す。
「しかし隠し子は見つかりませんでした」
 イネスは複雑な顔をして黙った。やがて切実な声でしゃべりだす。
「アイビーを殺さなければ、僕は夢を見たままでいられたのでしょうか。自分は特別な存在、――隠された王子と思っていられたのでしょうか」
 私はイネスに同情した。彼は、実の両親から捨てられて、王家の隠し子とウソまでつかれたのだ。イネスはきっと、王家の紋章の入ったナイフを心のよりどころにしていた。だからいつも持ち歩いていた。彼は言い募る。
「僕は特別な存在ではありませんでした。アイビーもそうでした。アイビーが死んでも、世界は変わりません。イーサン殿下はなぜ、アイビーと別れようとしたのですか? それさえなければ、アイビーを殺さなかったのに」
 ヒューゴがくすりと笑った。私はどきりとする。多分、今、ヒューゴは怒った。彼は冷たい目をして、口を開く。
「アイビーさんを殺したのはイーサン殿下のせい、と言いたいのですか?」
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