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  天使・練習中  

会社帰りに天使を拾った.
一人暮らしのアパートへ連れて帰り,お風呂に入れて身体をキレイにしてあげると,天使は自己紹介を始めた.
「吾輩は天使である.名前はまだ無い.」
天使は,意外に博学だ.
「どこで生まれるのか,見当はついている.」
「そりゃ,天使だもんね.」


会社帰りに天使を拾った.
晩御飯を食べさせてあげると,天使はきちんと正座をしてお礼を言った.
そして,頭の上に浮いている天使のわっかを,ぴかっと光らせる.
「おぬしは今,悩んでいるだろう.」
「はぁ.」
天使はむむむと,私をねめつける.
「それは,ずばり恋の悩み! 長い春を終わらせたいのに,」
「悩んでないよ〜.」
がーんとショックを受ける天使は,占い師には向かないようだ.


会社帰りに天使を拾った.
天使には,白い羽がついている.
「こんなに小さな羽じゃ,空を飛べないでしょう.」
天使は,むすっとして顔を逸らした.
天使は身体が小さい割には重く,明らかに過重積載である.
「私の重みは命の重み,決して落とすでないぞ.」
抱っこをされているくせに,偉そうな天使だ.


会社帰りに天使を拾った.
その天使を見るために,貴志(たかし)がアパートへやって来た.
「こ,これが天使!?」
天使の姿に,貴志はひどくショックを受けた.
「天使なのに美形じゃないなんて! これじゃぁ,飛騨のさるぼぼじゃないか!」
「失礼な! 私がぶさいくなのは,……どちらかというと,おぬしのせいじゃ!」
天使はぽっちゃり,ぷくぷくしている.
おなかがぼってりとして短足の,たぬきの置物に似ている.


会社帰りに天使を拾った.
天使が居るので,貴志と一緒に,初めて宝くじを買ってみた.
「天使が居るのに,当たらなかったね.」
はずれたくじを破いていると,天使は顔を真っ赤にして怒りだした.
「金の無駄遣いをするでは無い! おぬしたち,ちゃんと貯蓄はあるのか!?」


会社帰りに天使を拾った.
天使は今日,貴志のお悩み相談をしたいそうだ.
「おぬしは今,悩んでいる.」
「悩んでないよ〜.」
貴志の頭は,極楽トンボだ.
うららかな春の日差しに,お花畑が揺れている.


ある日,天使は居なくなった.
「私はどうやら早く来すぎたようだ.」
古風な天使は,置手紙を残していた.
その次の日,貴志にプロポーズされた.
婚約指輪は,きっと天使の置き土産だ.


三年後,私は天使を産んだ.
赤ぶくれした,ぶさいくな顔には見覚えがある.
――吾輩は天使である.名前はまだ無い.
「名前は私たちが決めるんだね.」
のんびり屋の私たちに,せっかちな天使.
会社帰りに拾った天使は今,私の腕の中でやすらかな寝息をたてている.
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