番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項なし

太陽は君のもの! 番外編

旅路にて −色あせぬ像−

written by 宣芳まゆり
いくらこの城が気さくで気取らないものであれ,さすがにこれはいけないのかもしれない.
ツティオ公国の王城の廊下で一人の青年が飲んだくれていた.
夜も遅いことなので,青年をとがめるべき人影も見えない.

若い顔に不精ひげを生やして,野卑な印象そのままに杯を仰ぐ.
そしてふと自身の身を省みて,青年は自嘲した.

つい半年前までは,彼は街をさまよう盗賊だったのだ.
それが今は,第一王位継承者の護衛役である.
いや,彼が勝手にそう言って,王子のそばに張り付いているだけなのだが…….

「ブレオ,大丈夫か?」
ふと視界をよぎる銀の影.
銀の髪,青の瞳の幼い少年が青年のもとへ駆け寄ってくる.
彼をこの城へと連れてきたツティオ公国の王子である.

少年は心配そうなまなざしで,青年の顔を見つめ,
「私も飲もう,」
「へ!?」
と,青年と驚かすことを言った.

「マリ,お前はまだ12歳だろ!」
しかし少年は,青年の手から強引に酒つぼをひったくる.
「ブレオに付き合うよ.」
と言って,少年は明るい日差しのような笑顔を見せた.

その光に闇に住むものは魅了される.
「駄目だ! ガキが飲むものじゃない!」
ブレオは少年の手から酒つぼを取り戻す.
すると今度は少年は黙って,ブレオの顔を見つめてきた.

まっすぐな視線で,純粋な青の瞳で.
少年は知っているのだ,彼が酒におぼれている理由を…….
「なぁ,マリ,」
青年は観念したように,口を開いた.
「お前,好きな娘はいるか?」
特に愛していたわけじゃない,大事にしていたわけじゃない,
……なのに,

あいつが誰かのものになったのが,こんなにもつらいとは…….
「まぁ,お前みたいなガキには分からん話だがな,」
すると銀の髪の少年は,再び青年を驚かせることを言った.
「いるよ.あと5年経ったら,異世界へ迎えに行くつもりだ.」
「はぁ!?」

「まさか,それがお前だとはなぁ…….」
晴れ渡った青空の下,ブレオは頭を掻いた.
あれから5年,彼は少年とは別れ,一人で諸国をぶらぶらと旅を続けていた.
金が無くなると,どこかの商隊に雇われては護衛として働いた.

ある日出会った,遠い日の少年を思い出させる漆黒の髪の少女.
「何ですか? 護衛長.」
少女は不思議そうに振りかえった.
「名前はアスカ,黒い長い髪,黒い瞳,」
ブレオの台詞に少女は首をかしげる.
年の頃は17,背の高い中性的な雰囲気の少女だ.
「かわいい,かわいい,とにかくかわいくて,守ってあげたい,」
青年の言わんとすることに気づいて少女の顔が赤くなる.

「どこかの国の王子様が俺に向かってしゃべったのろけ話だ.」
ブレオがうそぶくと,少女は苦いものを飲み下すような表情をして俯いた.
少年のようないでたち,腰にはちゃんと剣を下げて…….
異世界チキュウから,マリによって連れられてきた少女,この少女はツティオ公国の王妃である.

本来なら,城に居るはずなのだが,
「愛しているのに,なぜ別れた?」
もう聞かないと言ったくせに,ブレオは再び少女に向かって聞いた.
「……好きじゃないです.」
少女は俯いたまま,聞こえるか否かの声で答えた.
「そんな資格ないですよ…….」

また,それか…….
ブレオはため息を吐いた.
少女の闇を映す瞳が寂しげに揺らめく.
どれだけ言葉を隠しても,その想いだけは隠せない.

ましてや,あの少年には嘘や偽りは通じない.
言葉を,心を歪めてもきっと,自分はだませても少年だけはだませない.

「ガキがそんな大人びた顔をするな,」
青年がくしゃっと少女の短い髪を撫でると,少女は無理やりに笑って見せた.
もう二度と少年には逢うつもりはないのだと,少女の漆黒の瞳がブレオに告げていた.

この少女の心にはどれだけの鎖がかかっているのだろうか…….
自ら禁じた想い,希望,光,
「マリに逢いたいだろ?」
少女の頭を軽く小突く.
すると少女は顔の表面だけで微笑んで,首を振った…….
本編情報
作品名 太陽は君のもの!
作者名 宣芳まゆり
掲載サイト Silent Moon 〜静かな夜だから〜
注意事項 年齢制限なし / 性別注意事項なし / 表現注意事項なし / 完結済み
紹介 10年ぶりに再会した初恋の少年に連れられてやってきた異世界で,少女はいきなり結婚を申し込まれた. 異世界純愛ファンタジー,小さな新興国ツティオ公国のお話です.
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