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  私の好きな人 05  

雄一たちが麻里をバカにしても,麻里はそこまでバカじゃない.
確かに,ミーハーだったのかもしれない.
生徒会のメンバーになれて,浮かれていたのかもしれない.
ほかの女子生徒たちに,優越感を持っていたのかもしれない.
けれど,だからといって,ここまでコケにされる理由はない.
麻里はちゃんと知っているのだ.
ストーブのための灯油タンクがあることも,大輔がタバコを吸うためにライターを戸棚に隠していることも,本棚にバインダーや本がたくさんあることも.
バインダーから書類を取り出して,会議用の机の上に置く.
そして灯油を,しっかりと染みこませる.
時間は十分にあるのだ,あせる必要はない.
雄一は,今日はこの部屋を麻里に貸すと言ったのだから.
淡々と作業をしながら,ふと思い出す.
今朝の天気予報では,空気の乾燥に注意しましょうとアナウンサーが話していた.
火事には気をつけましょう,と.
麻里は,ふんと笑った.
一枚の紙に,ライターで火をつける.
それを灯油を染みこませた紙の山に入れると,炎が踊った.
思ったよりも幻想的で美しく,大きなものになる.
麻里は煙に辟易へきえきしながら,本を次から次へと炎の中へ投げ入れた.
天井から,スプリンクラーの水が降り注ぐ.
仕事を嫌々するように,警報機が鳴り響いた.
炎が勝つのか,水が勝つのか.
校舎全体に燃え広がるのか,ただの小火ぼやになるのか.
麻里が勝つのか,雄一たちが勝つのか.
麻里は平凡で,彼らのように特別ではないが,プライドがないわけではない.
だいたい,あんな風に優しくされて特別扱いされて,図にのらない女子なんかいない.
しかも孝成たちみたいな,ハンサムで有能な人気者たちに.
そもそも彼らだって,麻里に対してミーハーだった.
勝手に雄一の恋人として祭り上げて,麻里の気持ちなど最初から無視していた.
だから麻里は,悪くない.
悪いのは,彼らだ.
麻里をうぬぼれさせたのも,狂わせたのも.
麻里は声を上げて笑って,慌てて部屋に戻ってくるであろう雄一たちを待った.
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