戻る | 続き | HOME

  私の好きな人 02  

生徒会のメンバーは,麻里を除いて六人いる.
だが特にイベントのないこの時期,生徒会室にいるのは孝成,雄一,大輔,太陽の四人だけだ.
彼らはとても仲がよく,孝成と雄一は幼なじみらしい.
残りの二人,――絵本の中の王子様のような金髪碧眼へきがんの留学生と,変人レベルの化学オタクだが学校一の秀才は顔を見せない.
生徒会のメンバーは,何かと派手な有名人が多い.
そしてそんな生徒会において,麻里に与えられる仕事は簡単なものばかりだった.
PCにデータを打ちこんだり,本棚の整理をしたり,イベントで使う衣装や旗を繕ったり.
だから一ヵ月も経てば,すっかり慣れた.
誰もがあこがれる,学校の人気者たちに囲まれることにも.
孝成たちは,麻里が家でマドレーヌを焼いて持っていけば喜んで食べてくれた.
また数学が苦手だと告白すれば,みんなでわいわいと楽しく教えてくれた.
麻里の学校生活は今までになく充実して,月曜日の朝がちっとも憂鬱ゆううつではない.
そして麻里は,自分が生徒会室に出入りしていることを,周囲の女友だちに隠した.
嫉妬しっとされて嫌がらせを受けることが怖かったからだ.
もしくは,生徒会室に連れて行ってほしいだの,孝成たちを紹介してほしいだの,頼まれても困る.
ナンパな大輔はともかく,まじめな孝成たちに迷惑がかかってしまう.
生徒会のメンバーになり,雄一とは多少話すようになった.
だが,相変わらずクラスの中では,ほとんどしゃべらない.
麻里は,彼が何を考えているのか分からなかった.
もの静かな瞳の奥は意外に深くて,単純ではない.
観察されているような気にもなる.
けれど孝成は,麻里が雄一と付き合うことを望んでいる.
生徒会室で二人きりになると,彼は必ず雄一の話をする.
「あいつ,いい奴だろ?」とか「あいつは昔から,ものすごく頭がいい.」とか.
しまいには,
「僕は便宜上,会長をやっているけれど,生徒会の本当のリーダーは雄一さ.」
と持ち上げたりした.
麻里は切なくなる.
麻里は,孝成のことが好きだった.
この高校に入学して,彼の存在を知ったときから.
そして生徒会のメンバーになって,もっと好きになった.
完璧かんぺきに見えて抜けているところがあったり,自分は面白みのない人間だと悩んでいたり.
そんな彼を慰めたいのに,彼の口から出るのは雄一の話ばかりだ.
つらかった.
孝成のそばにいるのは,つらい.
けれど離れられない.
彼が好きだから.
麻里は我慢して,我慢して,とうとう一人で自分の想いを抱えられなくなった.
「俺に相談したいことって何?」
放課後の音楽室で,麻里は机を挟んで,大輔と向き合った.
彼はアコースティックギターの弦を一本ずつ鳴らして,チューニングをしている.
頭を下げると,茶色の髪からにおいがした.
「また吸ったの?」
麻里は,少しだけとがめる調子でたずねる.
「孝成と太陽には内緒にしてな.」
大輔は,ごまかすように笑った.
「どうしても口寂しくなるんだよねぇ.」
つぶやいてから,音さを机でコンと鳴らして,耳のそばまで持っていく.
麻里はそれ以上は何も言わずに,両手で腕をさすった.
今日も冷える.
音楽室は広いから,なおさらだ.
麻里は大輔に,孝成への想いをぽつぽつと話した.
彼に雄一との交際を勧められて,悲しいことも.
「なるほどねぇ.」
大輔はギターを机の上に置いて,立ち上がった.
ゆっくりと歩いて,麻里の背後に回る.
麻里はなんとなく振り返られなかった.
彼は怒っているように感じられたからだ.
「麻里ちゃん,俺の気持ちに気づいている?」
低い声に,びくりと震える.
「孝成と俺,どちらを選ぶ?」
答えられなかった.
孝成は,麻里がどれだけ口説いても落とせないだろう.
彼は,麻里のことなんか見ていない.
それに麻里は,生徒会長である孝成とつりあうほどの女性ではない.
ならば不毛な想いは捨てて,大輔の気持ちに応えるべきではないだろうか.
彼はきっと,麻里を大切にしてくれる.
けれど大輔の手を取れば,孝成と恋人になることはない.
孝成をあきらめきれない.
でも…….
「考えさせて.」
麻里は答えた.
「分かった.」
大輔は短く返事した.
戻る | 続き | HOME
Copyright (c) 2010 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-