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  私の好きな人 01  

成績は普通,容姿もそこそこな女子に,王子様は現れないと思っていた.
けれど私は,今ここにいる.
麻里まりは,――名前だって平凡すぎる! 生徒会室の中で身を小さくして,いすに座っていた.
会議用の机を挟んで,向かいの席に腰かけているのは,生徒会長の都築孝成つづき こうせい
彼ほど,完璧かんぺきという単語の似合う人はいない.
勉強はできる,スポーツだってできる.
男子からも女子からも好かれて,教師からは頼りにされる.
麻里の通うこの私立高校にイベントが多く,しかも大いに盛り上がるのは,彼の手腕とのうわさだ.
そんな彼と二人きりで,緊張しない女子はいない.
麻里はかちんこちんに固まって,普段は遠くから眺めることしかできない彼の顔を見た.
モデルのように整っているが,かといって無機質ではない.
黒い髪はさらさらで,うらやましくなるほどだ.
孝成は,大人っぽく目を細めてほほ笑んだ.
「突然,呼び出してすまない.」
「いえ.」
返事は上ずって,早口になってしまった.
「単刀直入に言うと,君に生徒会に入ってほしいんだ.」
「え?」
驚いて,呼吸を一瞬だけ止める.
なぜ生徒会に誘われるのか,まったく見当がつかない.
「どうしてでしょうか?」
「敬語はいいよ,同じ二年だし.」
くすぐったそうに笑う.
「人手が足りないんだ.足りないとは言っても,二,三ヶ月ほど,手伝ってくれる人がほしいだけで,」
常駐メンバーがほしいわけではないらしい.
「だから本来ならば選挙をするところを,特例で君に生徒会長補佐になってほしいんだ.」
納得できるようなできないような.
麻里はたずねた.
「なぜ私を?」
麻里は取り立てて特徴のない生徒だ.
一芸に秀でているわけでも,人望が高いわけでもない.
それに,孝成ともほかの生徒会のメンバーとも親しくないのに,なぜ選ばれたのだろうか.
「副会長の中田雄一なかた ゆういちの推薦だよ.」
彼とは同じクラスだ.
雄一はあまり目立たない,そして積極的に前に出ない生徒だった.
麻里は彼と,ほとんど話したことがない.
そのとき,部屋の扉ががらりと開いた.
「あっれー? 女子がいる.」
茶色に染めた長い髪の男子が,部屋に入ってくる.
彼の名前は知っている.
いや,知らない女子はこの学校にはいない.
田崎大輔たざき だいすけ,バンド部の中でもっとも有名なバンドのボーカリストだ.
文化祭では,体育館のステージでマイクを握って,誰よりも黄色い声を浴びていた.
学校一のモテ男で,彼の周りにはいつも,たくさんの女子生徒たちがいる.
メイクもヘアスタイルもばっちり決めた,とびきりの美少女たちが彼を取り合っているのだ.
「大輔,彼女が斉藤さいとう麻里さんだよ.」
孝成が紹介すると,大輔は麻里に近づいてきた.
麻里の座るいすの背もたれに手をかけて,にこっと笑う.
麻里はどきっとして,うつむいた.
「予想以上にかわいいじゃん.麻里ちゃんって呼んでいい?」
「は,はい.」
顔に熱が上がる.
かわいいなんて,男子から言われたのは初めてだ.
しかも,ちゃん付けで呼ばれるなんて.
麻里は今まで彼氏がいたことがなく,こういうことには慣れていない.
「大輔,彼女は困っている.」
怒ったような声が,横から飛んできた.
「いいじゃん.孝成だって昨日,麻里ちゃんはかわいいって言っていただろ?」
「大輔!」
今度の声は,彼があせっているのが分かった.
「麻里ちゃんも彼女の友だちも,かわいい部類に入るって,――あ,明日からは友だちも連れてきていいよ.」
「だから本人の前で,――お前,いい加減にしろよ.」
麻里は自分のことが話題にされているとは,信じられない.
孝成からかわいいと言われたなんて,夢でも見ているようだ.
「まだストーブを入れてないの? 今日,こんなに寒いのに.」
横開きの扉を開けて,日に焼けた肌の男子が部屋に入ってくる.
「灯油を,あ,」
麻里の存在に気づくと,にこりと笑みを見せる.
「君が麻里ちゃん?」
「はい.」
優しい笑顔にほんわかする.
サッカー部のエース,佐倉太陽さくら たいようだ.
アイドルのような,かわいい顔をしている.
けれど彼の活躍で,県大会はいいところまでいったと聞いた.
彼も,孝成や大輔に負けず劣らずの人気者である.
「これからよろしく.俺は二年二組の佐倉太陽.担当は会計だよ.」
太陽のせりふに,孝成が苦笑した.
「太陽.まだ生徒会に入ることを了承してもらったわけじゃないから.」
「あの!」
麻里は声を上げる.
「私でよかったら,お手伝いさせてください.」
むしろ麻里の方が頭を下げて,お願いしたいほどだ.
すると孝成は,うれしそうに笑った.
「助かるよ.」
「やったね!」
大輔は破顔する.
太陽は麻里のそばでひざをついて,顔の高さを合わせてからしゃべった.
「君を俺たちの仲間として歓迎する.できるかぎり,君を守るよ.」
「え? えーっと,」
どんな風にも受け取れる言葉に,麻里は少しだけ困った.
すると太陽ははっとして,顔を赤くする.
「いや,他意はないんだ!」
慌てて否定する彼の頭を,大輔がこづいた.
「ごめんね,麻里ちゃん.気にしないで.」
こいつは天然なだけだから,と笑う.
麻里も遠慮がちに笑った.
「雄一,遅かったな.」
孝成が扉の方に向かって,声をかける.
扉に手をかけた雄一は黙って,やんわりと笑んだ.
クラスでもここでも,彼はあまり話さないのだろう.
けれど奇妙な存在感があるように思えた.
麻里は彼に,笑顔を返す.
雄一はかすかにほおを赤くして,部屋に足を踏み入れた.
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