水底呼声 -suitei kosei-

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  砂漠の歌姫6  

大広間へ行くと,大勢の人たちがいた.
メイシーの知らない人たちばかりで,おそらく南方からの帰還兵だろう.
彼らは,すでに酒が入っているらしく赤ら顔で,楽しく笑い合っていた.
メイシーが人ごみの中できょろきょろしていると,セシリアが気づいてくれた.
「メイシー姉さま!」
明るい笑顔で,近寄ってくる.
はれの日にふさわしく,華やかなドレスに身を包んでいる.
長い銀の髪は結いあげられて,大きな花飾りがついていた.
だがメイシーの暗い表情を目にして,少女はまゆをくもらせる.
「何かあったの?」
ライクシードに似た青の瞳で,心配そうに見つめる.
どうしよう,話そうかな.
メイシーにとってセシリアは,いろんなことを気軽に相談できる相手だった.
メイシーが迷っていると,少女は何かを察して淡くほほ笑んだ.
「ライク兄さまは,あなたをとても大切に思っているわ.」
メイシーはうなずく.
「セイキ族長が城に来ると決まったときから,兄さまはずっと悩んでいたの.」
セイキ族長が来れば,メイシーは自分たちの結婚の裏にあるものに気づくだろう,と.
「私たち神聖公国の人間は,あなたが兄さまと結婚することによって,戦争を終わらせることができた.故郷に帰ってこれて,兵士たちもその家族も本当に喜んでいるわ.この大広間の様子から分かるように.」
セシリアは真剣に訴える.
「だけど,和平のための婚姻ではないの.ライク兄さまは,あなたと結婚したくて結婚したの.」
少女の言葉が,心にしみこんでくる.
しかしライクシードは,メイシーがただの旅芸人なら結婚しなかった,国の利益のために求婚したとしゃべった.
ライクシードとセシリア,どちらを信じればいいのか.
「セシリア,メイシー.」
すると横合いから呼びかけられた.
声のした方を向くと,バウスと見知らぬ中年の男が近づいてくる.
男はメイシーと同じく,浅黒い肌をして自治区の服を着ている.
自治区の服は基本的に,白や黄などの明るい色をしている.
肌の露出は少ないが,布は薄く軽いものばかりだ.
となると彼が,セイキ族長だろう.
目的のためには手段を選ばない,情のない人物だ,などといううわさを耳にしたことがある.
ところが見た目はそんな風には感じられず,温和そうなたれ目のおじさんだ.
「セイキ族長.こちらがメイシーです.私の弟であるライクシードの妻です.」
バウスはセイキに,メイシーを紹介した.
セイキは,にこにこと笑う.
「初めまして.」
「初めてお目にかかります.ロウシーの妹であるメイシーです.」
メイシーはセシリアにウィッヂを預けて,さっとお辞儀をした.
片手を胸に当てて,もう片方の手でスカートをつまむ自治区のお辞儀だ.
「君が元気そうで,安心したよ.遠い異国に,ひとりで嫁がせてすまない.」
つらいことはないか? さびしくはないかい? と言外に問いかけてくる.
ロウシーのような,暖かなまなざしだった.
「いいえ.みんな親切にしてくれています.」
メイシーはほほ笑む.
セイキは,セシリアの抱えたウィッヂに視線をやった.
「音楽を続けているとは思わなかった.ロウシーが聞いたら,驚くだろう.」
メイシーは子どものころは,ウィッヂの練習を嫌がっていた.
ある程度,難しい曲が弾けるようになってから,楽しくなってきたのだ.
「嫁ぐ前までは,コナー先生に教わっていました.」
コナーの名前に,セイキは目を丸くする.
「それはすばらしい.彼は,弟子をえり好みするのに.」
コナーは,自治区一のウィッヂの奏者だ.
メイシーは,彼に認められて弟子のひとりになったとき,喜びと興奮で夜が眠れなかった.
だがコナーは変人でもあり,恋をしろだの何だの妙なけいこも多かった.
「次に,こちらが私の妹のセシリアです.」
バウスがセシリアを紹介する.
少女はメイシーにウィッヂを返して,メイシーのまねをして自治区のお辞儀をした.
「セシリアと申します.お目にかかれて光栄です.」
「これはこれは,かわいらしい.」
セイキは,わが子を見るように目じりを下げた.
「私があと二十才くらい若ければ,あなたに求婚するために,あなたの婚約者と決闘したでしょう.」
「彼は強いですよ.すでに五人の挑戦者を倒していますから.」
バウスは楽しそうに笑う.
「遅れて申し訳ありません.」
メイシーの背後から,ライクシードの声と足音がした.
メイシーはどきっとする.
彼はすぐに,メイシーの隣に並んだ.
「セイキ族長,このたびは和平のためにご尽力いただき,心から感謝いたします.」
「いやいや,」
セイキは笑う.
「あなたこそ停戦のために,自治区,スンダン王国,神聖公国の三国を飛び回り,城へ帰ったら,一息つく間もなく結婚式だった.」
メイシーは驚いて,ライクシードの横顔を見上げた.
彼は自治区のみならず,スンダン王国にも足を運んだのか.
いや,スンダン王国を中心に動いて,自治区にも足を伸ばしたのだろう.
「さすがに疲れたでしょう?」
結婚式では,誰よりも疲弊していたはずだ.
なのにメイシーは彼の疲れに気づくどころか,マリエやセシリアに甘えていた.
自己嫌悪に,うつむいてぎゅっと唇を閉じる.
「確かにくたくたでしたが,それ以上に得るものが多かったです.」
ライクシードは答えて,気づかわしげにメイシーの顔をのぞきこんだ.
「顔色が悪い.」
メイシーはびくっとして,思わず後退した.
「いったん部屋に戻ろう.私が君を送る.」
彼の目が,メイシーを捕らえる.
優しいはずの人なのに,妙に怖い.
逃がさないぞ,と言われているみたいで.
ふたりきりになったら,今度はどんなつらいことを聞かされるのか.
セイキは,穏やかな笑みを浮かべた.
「メイシー,ロウシーからの伝言がある.」
「はい.」
メイシーはライクシードから逃げるように,セイキの方を向く.
「少しふたりで話ができるかね?」
「もちろんです.」
メイシーはライクシードたちに別れを告げて,セイキと大広間から出ていった.
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