水底呼声 -suitei kosei-

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  13−17  

力を使い果たしたのだろう,みゆはぐっすりと寝いった.
ウィルはていねいに,彼女を抱き直す.
みゆはずっと,透の力を抑えてくれた.
結界を壊した百合ほどではないが,かなり消耗しているだろう.
あるいは昨日からの疲れが,どっと出たのか.
いずれにせよ,みゆには休息が必要だ.
「俺は城に帰る.お前はどうする?」
バウスが少し大きな声で,離れた場所にいるライクシードにたずねた.
「用事を済ませてから,城に戻ります.」
「分かった.」
次にバウスは,スミやセシリアたちに向かって,
「帰るぞ.今から,また国民にいろいろなことを告知せねばならん.」
「はい.どこの国もしばらくの間,外国に攻めこむ余裕はないでしょう.」
バウスと同じく目の下にクマを作っている女性が言う.
「マリエ姉さま,なぜなの?」
セシリアが聞くと,彼女は答えた.
「羽を受け取るときに,たくさんの国の風景が見えましたから.」
ウィルも見た.
世界に豊かさが降り注ぐ,光にあふれた光景を.
「砂漠に雨が降って,虹が出て,色とりどりの花が競うように咲いて,とってもきれいだったわ.」
少女がにこにこしていると,疲れきっているバウスが,少女の肩を抱いて寄りかかる.
「昨日まで砂漠だった場所がお花畑になっていたら,びっくりしないか?」
ウィルはみゆをベッドに連れていって,寝かせた.
彼女は仕事をやり終えて,気持ちよく眠っている.
透を説得して故郷へ帰すのかと思いきや,みゆは透の意思に頓着せずに強引に帰した.
彼女は案外,手段を選ばない.
「突然凍土が溶けて,木が何本も生えてきたら,神聖公国を侵略している場合じゃないだろ? まず,自国に何が起こったのか調査しなくてはならない.」
バウスはスミや騎士たちに支えられながら,半分以上眠った目でしゃべる.
「さらに世界中の人々のもとに,羽は届いた.国境地帯での争いは,あの羽でほぼ止まっただろう.」
ウィルも同意見だった.
殺し合いや奪い合いをしている最中に,不審な羽が体にくっついて幻覚や幻聴に襲われたら,たいていの人は恐れおののき,戦いを続行できない.
「それに,国の指導者が国内の混乱を無視して,わが国に軍隊を差し向けたとしても,そんな浮き足だった軍隊は容易に追い払える.」
ついにバウスは,力尽きて寝た.
「馬車まで運びます.」
ちょびひげのある騎士が微笑して,バウスを抱き上げる.
バウス王子一行は,部屋にいるウィルたちに別れのあいさつをして立ち去った.
だがスミだけは残り,ベッドに歩み寄ってきた.
「ミユさんは,奇跡を起こしたのですね.」
ウィルに言ってから,崇拝するようなまなざしをみゆに向ける.
ウィルは多少困った.
「異常気象で怪奇現象だと思うよ.」
カリヴァニア王国を含め,すべての国が混乱しているにちがいない.
いや,カリヴァニア王国と神聖公国以外の四国は,みゆの存在を知らないので,もっと混乱しているだろう.
スミは声を上げて笑ってから,
「俺も城に戻ります.余裕があれば,大神殿に顔を出しますね.」
部屋から出ていき,バウスたちの後を追いかけた.
少年がいなくなるのを待っていたのだろう,ライクシードが近づいてくる.
「今のこの世界の神は,ミユだよ.」
「彼女は僕のものだよ.」
神だろうが,聖女だろうが,カリヴァニア王国の王妃だろうが,彼女はウィルの恋人だ.
あきれたことにライクシードの用事とは,みゆのそばにいることだったらしい.
「いつになったらライクシードは,ミユちゃんをあきらめるの?」
しつこいにも,ほどがある.
「もうあきらめるさ.」
彼は妙に,はればれとしていた.
「ミユは私に,神が来るから逃げろと言った.けれど君には言わなかった.」
みゆの寝顔に,さびしげな笑みを落とす.
「彼女がいざというときに頼るのは,君だけだった.」
しかしウィルは首をかしげた.
みゆは,そのようなことを口にしただろうか.
ウィルは覚えていなかった.
そもそもライクシードとともに戦うつもりだったので,彼に逃げられたら困ったはずだ.
ウィルが悩んでいると,ライクシードは苦笑する.
さっと背中を向けて,迷いのない足取りで離れていった.
部屋の隅では,サイザーが静かに泣き続けている.
彼女は,存在も生きてきた道も否定されたのだ.
神の正体は,異世界から来たというだけのただの子どもだった.
大神殿やほかの多くの神殿や,神にかかわるもの全部が否定されたようなものだ.
それともサイザーは,また別の理由で嘆いているのか.
彼女の手には,透の持っていたぬいぐるみがあった.
サイザーのそばでは,神官長がぼうとした様子で,うつむいて立っている.
ウィルの視線に気づいたのか,顔を上げて,こちらをじっと見てきた.
彼と目が合うのは,初めてだ.
ウィルは少なからず驚く.
彼は,いかにも気弱そうにほほ笑んだ.
「神がいなくなっても,大神殿は変わりません.昨日までと同じように,天上で我々を見守っているはずの神をあがめ,“聖女”を尊い女性として扱うのみです.」
「そう.」
好きにすればいい,とウィルは思う.
「ただし,これからは誰も神の塔へ送りません.塔で神の子をみごもることは,二度とありません.」
ウィルは再び,意表をつかれた.
「それから,あなたに祝福を.あなたが産まれたときに,贈れなかった言葉を贈ります.」
神官長はひざまづいて,祈りをささげる.
「神の慈悲が約束された子よ,その目に映る世界が光り輝くものであるように.」
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