水底呼声 -suitei kosei-

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  3−5  

首都神殿へ向かう馬車の中,みゆはライクシードに質問攻めにされていた.
どんな世界から来たのか,どのような暮らしをしていたのか.
みゆは答えるのに,かなりの労力を要した.
さすが王子というべきか,彼は日本の政治制度に強い関心を抱いた.
みゆが大学へ入るために勉強をしていたと言うと,彼は大いに驚く.
こんなに若いのに,女性なのにすごいと,手放しでほめてくれた.
「いいえ.私のいた国では,たいていの人は大学まで進学するのです.」
「それはすばらしい.そんなに学問の発展した国なのか.」
みゆはひたすら日本について語り,そうこうするうちに神殿に到着した.
神殿の玄関口では,白い服の女性が二人,みゆたちを待っていた.
「ラート・セシリアより,お話を伺っております.」
そしてうやうやしく,聖女セシリアの部屋まで案内してくれる.
彼女たちは,神に仕える巫女らしい.
みゆと同世代のようで,王子と話すときにだけ,ほおが赤く染まるのがかわいらしい.
たどり着いたセシリアの部屋は広く,部屋の奥にバルコニーがあった.
明るい日差しが届くバルコニーに,現実離れした美しい少女が立っている.
そばのテーブルには,ティーポットやカップが置かれていた.
「待ちくたびれたわ,ライク兄さま.」
セシリアは口をとがらせる.
「お茶がすっかり冷めちゃった.」
「すまない.兄さんに会ってから来たんだ.」
「まぁ,ライク兄さまは,私よりもバウス兄さまを優先したの!?」
ぷんぷんと怒る少女を横目に,ライクシードはみゆにいすを勧めた.
「兄さんはいそがしい人だから,朝一番でないと会えないのだよ.」
ぶうとほおをふくらませて,セシリアはいすに座る.
「来てくれないかと思った.」
一転して気弱な声を出す少女に,みゆはどきりとした.
みゆが考える以上に,少女は不安な気持ちで待っていたのかもしれない.
「遅くなってごめんなさい.」
謝ると,少女は「いいのよ!」と笑った.
ライクシードが着席すると,少女は大きな地図をテーブルの上に広げる.
地図には,オーストラリア大陸に似た形の大陸が描かれていた.
「これが世界の姿よ.」
大陸には,五つの国名が記されている.
中央に神聖公国ラート・リナーゼ,北にラセンブラ帝国,南にスンダン王国,東に水の国,西にバンゴール自治区.
カリヴァニア王国という文字は見当たらなかった.
みゆはたずねたい欲求に襲われたが,ぐっとこらえる.
異世界から来た何も知らない人間が聞ける話ではない.
セシリアが,大陸のちょうど中心部分を指した.
「私たちがいるのはここ,神聖公国ラート・リナーゼの首都リナーゼ.」
少女は誇らしげにほほ笑む.
「この世界でもっとも美しい国の,もっとも栄えている都よ.」
「神聖公国は,神に守られている.」
ライクシードが,少女の言葉を引きついだ.
神聖公国では,日の光はさんさんと降り注ぎ,適度に雨が降る.
土壌はよく肥えて,農作物が大きく育つ.
鉱物資源は豊富で,金も銀も取れる.
天災は起こらず,疫病もはやらない.
まさしく神に守護された楽園なのだ.
「すごいですね.」
異世界とはいえ,そんな夢のような国があるとは.
「だから皆,この国に住みたがる.」
王子の笑みが苦くなる.
「だが誰も入れない.」
みゆはぎくりとした.
「結界があるんだ,内側からは出られるけれど,外側からは入れない結界が.」
神聖公国とカリヴァニア王国をつなぐ,一方通行の洞くつ.
「結界がこの国を覆い,侵略者から守っている.」
あの洞くつは,その一部に過ぎなかったのか.
結界の真の姿に,みゆは一人で驚いた.
「神はこの国を愛してくれているの.聖女がいる神聖公国を.」
沈みこむライクシードとは対照的に,セシリアは明るく笑う.
自分たちだけが特権を享受していることを分かっていない,子どもの笑顔だった.
「聖女さえいれば,この国は永遠に平和なの.」
みゆは,何とも言えない悲しい気持ちになった.
神は,なんと不平等なことをするのだろう.
これでは産まれた場所によって,幸も不幸も決まってしまう.
神聖公国には,他国に侵略される危険すらないのだ.
ほかの国には,自然の脅威や戦争の恐怖があるだろうに.
カリヴァニア王国にいたっては,四年後に水没するのに.
そのような不平等な神が,カリヴァニア王国を救ってくれるのだろうか.
みゆが頭を下げたところで,聞き入れてくれるのだろうか.
いや,そもそもカリヴァニア王国の民は,どのような罪を犯したのか.
それは,ウィルもスミも知らないと言った.
神聖公国で原因を突き止めれば,呪いを解く方法も分かるのかもしれない.
「ねぇ,ミユ.」
セシリアの声に,不可思議な色がにじむ.
「聖女は神の娘,ラートの末えいとも言うわ.」
青の瞳にじっと見つめられて,みゆは相づちを打った.
「神の血を引いた,奇跡を起こす力を持った女性.」
セシリアは,テーブルの上のみゆの手にそっと触れる.
そして,にっこりとほほ笑んだ.
「あなた,素質があるわ.聖女になってみない?」
「はぁ!?」
仰天して,ライクシードがいすから立ち上がる.
少女は笑顔を保ったまま,みゆの手をぎゅっと握りしめた.
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