宇宙空間で君とドライブを

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  5−11  

「ただ今回の件で、僕は父のアルベルトを頼りました。約十年ぶりに連絡を寄こしてきた息子を、彼はおもしろがっていました」
 ドルーアは、なんてことはないようにほほ笑み続けている。だが朝乃の頭の中は、パニックだ。ドルーアが、知らない人のように感じられる。およそ十年間も、父親と連絡を取らなかったなんて信じられない。めんどくさがりの裕也が、かわいく思えるほどだ。
「星間戦争をけん引していると言っても過言ではない企業のトップを、この件に巻きこんだのですか?」
 タニアは表情を険しくする。彼女の顔から、初めて笑みが消えた。クリストスの方は、顔面を蒼白にしている。場の雰囲気は、一気に緊迫した。
「私にとってもあなたにとっても、政敵といっていい相手でしょうに。あなたは浮舟に、宇宙軍を作りたいのですか? ドラド社の金もうけのために」
 タニアの声は震えている。ドルーアは前に、自分の弟妹は敵と朝乃に言っていた。おそらく、ドラド社は敵という意味だったのだろう。
 だからドルーアは、父親とも対立しているはずだ。なのに、なぜ父親を頼るのか? 朝乃は、ドルーアの行動が理解できなかった。彼はただひとりだけ、口もとに笑みを浮かべている。
「ちがいます。何度も言いますが、僕がほしいのは朝乃の平穏な暮らしだけです。彼女さえ幸せなら、僕は何もしないし父にもさせません」
 ドルーアは、誰よりも高みに立っているように見えた。頼もしいというより、怖い。彼はすべてを、自分の意のままに動かせるのではないか。タニアの両目は、不信感に満ちている。ドルーアはふいに笑みを消して、彼女を見つめた。
「僕を信頼していただけませんか? 僕は、できるだけ手のうちを、――最大の弱みまで見せています」
 彼はちらりと、朝乃の方に目をやる。タニアは表情を消して、しばし黙った。クリストスは、どうする? とたずねるようにタニアに視線を向けている。タニアが観念したように、口を開いた。
「あなたが村越さんを守りたいなら、対決すべきなのは私ではありません」
 彼女は再び、口を閉ざす。彼女の両目が迷っている。だが意を決したように話した。
「クルゼル財閥の御曹司のひとりである、イーサン・クルゼルです」
 ドルーアは、緑色の瞳を軽く細めた。信士の体にも緊張が走る。ところが朝乃は、クルゼル財閥もイーサンも知らなかった。ドルーアたちの反応から、イーサンは大物と分かるが。
 さらに朝乃には、もうひとつ疑問がある。朝乃の誘拐未遂事件に関わっているのは、ラ・ルーナ軍のはずだ。ラ・ルーナ軍ではなく、クルゼル財閥が黒幕だったのか? それとも、ラ・ルーナ軍とクルゼル財閥がバックにいるのか?
「多くの多国籍企業や銀行などを支配下に置くイーサンににらまれて、あなたは朝乃を差しだしたのですか?」
 ドルーアの声は低い。
「浮舟の経済を、壊されるわけにはいきませんから」
 タニアはつらそうに、朝乃を見た。彼女はイーサンにおどされて、朝乃の誘拐にかかわったのだ。タニアの顔には、もう仮面はない。
「僕と朝乃が管理局へ行ったとき、管理局の職員が朝乃を保護するために僕の家に行ったと聞きました。この職員も、イーサンの息がかかった者ですね」
 ドルーアは確認するようにしゃべる。タニアは黙っている。
「イーサンは用心深い男です。表だっては行動しない。あなたはなぜ、彼が主犯と分かったのですか?」
 ドルーアの口ぶりからすると、彼はイーサンと知り合いのようだ。
「村越さんは、唐突に浮舟にやってきました。誰も予想しなかったことです。なのでイーサンは十分な準備もなく、村越さんを捕らえるために行動しました。ほかの人たちに、先手を打たれたくなかったのでしょう」
 タニアの声は冷たい。彼女がイーサンを嫌っていることが分かった。
「ことを急いだ結果、彼はおろかな失敗をいくつか犯しました。よって私たちは、誘拐を指示したのがイーサンと知ることができたのです」
 タニアが話し終えると、次は信士が口を開いた。
「市長。あなたはおどされたとはいえ、ジョシュアと朝乃君を犠牲にしました。ジョシュアは一命こそとりとめましたが、まだ入院中です」
 信士は、つらそうな表情だった。ジョシュアは彼の同僚で、入国管理局の職員だ。朝乃の誘拐未遂事件に巻きこまれて、銃で撃たれたのだ。
「国家の利益のために、――いや、全体のためと装って一部の権力者たちのために、力のない人々を踏みにじる。私は、あなたの行為が許せません」
 信士の声には、怒りがにじんでいる。タニアは沈痛な面持ちをしていた。クリストスは苦しげに、顔をゆがめている。タニアの方が話し始めた。
「ミスター・スミスがこの件に巻きこまれたのは、偶然です。私は彼に、申し訳なく思っています。また、いまだに病床にある彼のために、できるだけのことをします」
 彼女の言葉に、うそは感じられなかった。
「田上さん。あなたが巻きこまれたのも、偶然です。あなたはたまたま、村越さんの担当者になりました。しかし私は、その偶然を利用しようと考えました」
 信士は、まゆをひそめた。タニアは彼を、まっすぐに見つめる。
「私は、七才の子どもを連れて日本軍から逃げた兵士の名前を知っていました。全体の利益のために犠牲にされる子どもを守る、誇り高い戦士の名前を」
 朝乃は信士を見る。彼は、いつもどおりの無表情だった。話の流れから察するに、子どもを連れて日本軍から逃げた兵士とは、信士のことだろう。となると、七才の子どもとは一郎のことだ。くわしくは分からないが、信士もただものではないようだ。
「その戦士は今、自分の力をひけらかすことなく、ただの一職員として入国管理局に勤めています。イーサンと彼の命令を受けた者たちは、それを知りませんでした。なので、あなたを警戒しませんでした」
 タニアは苦笑する。
「ミスター・スミスも、あなたのことをよく知らないようでした。ですが私は彼に、あなたを通訳兼護衛として、村越さんとともに連れてくるように命じました」
 ドルーアが会話に加わってくる。
「あなたは朝乃の誘拐が失敗することを願って、信士さんを巻きこんだのですか?」
 タニアは答えない。けれど実際に、誘拐は失敗した。失敗した要因のひとつは、信士だ。
「そして誘拐が未遂に終わってからは、朝乃を避け続けたのですね」
 ドルーアは満足げにほほ笑んだ。誘拐未遂事件の翌日、朝乃は功と入国管理局へ行った。そこで管理局局長に、昨日、市長に会えなかったので市長に会いたいと言った。が、市長は多忙だと断られたのだ。タニアは朝乃に話しかける。
「私にできることは、多くありません。滞在許可証とパスポートを与えることはできますが、それ以上のことはできません」
 彼女のまなざしには、誠実さがあった。タニアは、浮舟で暮らす朝乃の安全を保証できない、またイーサンにおどされたら彼に従うと言いたいのだろう。しかしタニアは朝乃に、信士をボディガードとしてつけてくれた。タニアは次に、ドルーアをにらみつける。
「あなたが私を退職に追いやりたいなら、好きにしなさい。ただしその場合は、あなたが市長に立候補することです。いいえ、私たち反戦派が、あなたを選挙に引っ張り出します」
 ドルーアは、うんざりしたように話す。
「さきほども言いましたが、僕は政治家になりません。近いうちに父からあなたへ、贈りものが届くでしょう」
 タニアは彼をにらんだままだった。だがクリストスは露骨に、ほっとしている。贈りものとは、タニアが誘拐に関わっている証拠のことだろう。
「あなたの賢明な判断に感謝します」
 タニアは平然と言う。ドルーアは場の雰囲気を変えるように、楽しそうに笑った。
「最後にひとつうかがいたいのですが、あなたはなぜご子息をこの場に同席させたのですか? 彼は考えていることがすべて、顔に出ています。交渉や勝負に向いていないようです」
 クリストスは、うっと言葉を詰まらせた。朝乃も、そのとおりだと思う。けれどタニアは初めて、好意的な笑みを見せた。
「あなたが、村越さんを連れてくるとおっしゃったからです。ならば私も、可能なかぎり誠実に対応したいと感じたのです」
 いきなり自分の名前が出てきて、朝乃は驚いた。朝乃が来るから、クリストスは同席することになったらしい。クリストスもとまどっている。
 しかし朝乃が市庁舎へ行くのは、事件の被害者で滞在許可証をもらう本人だから、つまりは当事者だから当然ではないのか? ほかにも朝乃がいることに、意味があったのか?
 ドルーアは、心のうちを読ませないポーカーフェイスのままだ。タニアは苦笑いをした。
「まだ何か、不満がありますか?」
「あります。でも僕は引き際を心得ているので、引き下がります」
 ドルーアはずけずけと話した。これだけは、普段の彼っぽいしゃべり方だった。タニアはおかしそうに笑う。
「市長。おいそがしい中、お時間を取っていただき、ありがとうございました」
 ドルーアは、滞在許可証などの二枚のカードを取って立ち上がった。朝乃と信士も席を立つ。何も言わないタニアとクリストスに見守られながら、部屋を出た。
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