宇宙空間で君とドライブを

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  5−2  

 朝乃は少し考えてから、質問した。
「ラ・ルーナの軍隊ですか?」
 病院で信士から聞いた話によると、ドルーアはそう考えているはずだ。
「あぁ、黒幕の一員と思う」
 ドルーアは笑う。ということは、ほかにも犯人がいるのだ。
「ラ・ルーナ軍と日本軍が黒幕ですか?」
 功から聞いた話によると、誘拐未遂の実行犯たちは日本軍の上官の指示でやったと供述している。
「あの襲撃事件に、日本が関与している可能性は低い。エンジェル、君は悪いことをするときに、自分の名前を名乗るか?」
「名乗らないです」
「だろう?」
 ドルーアはふっと笑う。その表情がかっこよくて、朝乃はどきっとした。さすが芸能人、さまになっている。ドルーアはまじめな顔になって、続きをしゃべる。
「日本軍が背後にいるなら、日本の軍服を着て犯罪を犯さないだろう。しかも彼らは、街中では目立つ緑色の迷彩服を着用していた」
 さらに、東アジア系の人間とアピールするように、素顔をさらしていた。つけひげで顔を変えている者たちもいたが、そのふたりは白人だった。
「だから僕は、これは日本軍の犯行に見せかけた第三者の犯罪と思った」
 朝乃はうなずいた。ドルーアの考えは納得できる。
「ただし、僕の家に侵入してきた男たちの背後にいるのは、日本の可能性が高い。今のところ、証拠は見つかっていないが」
 ドルーアは不快そうに、まゆをひそめた。ドルーアの家の襲撃事件と管理局裏手の事件では、犯人は別なのだ。そして管理局のときの犯人たちは、ラ・ルーナ軍と、日本以外の何か。しかし、その何かを推理する前に、朝乃には疑問がある。
「なぜラ・ルーナ軍が、黒幕の一員と分かったのですか?」
 朝乃はたずねる。当てずっぽうで分かった、と信士から聞いた。けれどそんなことが、カンで分かるとは思えない。
「当てずっぽうだよ」
 ドルーアは軽く笑った。
「信じられません」
 朝乃は困った。今、世界には約二百もの国がある。月面だけでも、三十八の都市国家があるのに。ドルーアはちょっと悩んだ後で、しゃべりだした。
「去年浮舟で、市長選挙があった。政治におけるトップを決める選挙だ。市長の任期は四年で、選挙は四年に一回、行われる」
 朝乃は相づちをうった。選挙は日本でも行われる。ただし国会議員などの国の大事に関わる人たちは、選挙ではなく血筋で選ばれる。政治家は基本、世襲制だ。選挙で選ばれるのは、一部の地方議員のみだ。
「その選挙では、星間戦争に対する姿勢が、争点のうちのひとつになった。このまま中立を続けるか、金を出すなどして月面都市連合軍を支援するか、停戦や終戦を訴えるか、浮舟宇宙軍を設立するか、などが議論された」
 朝乃は目をぱちくりさせる。
「そんな大きなことを、選挙で決めるのですか?」
 ドルーアは微笑してうなずく。
「浮舟では、収入や職業や性別などにかかわらず、すべての成人が選挙に参加する。そして選挙で選ばれた政治家たちが、市民の監視のもと国を動かすんだ」
 日本とちがう、と朝乃は感じた。日本では、一定以上の収入を持つ成人男性のみが選挙に立候補したり、投票したりできる。女性の朝乃は一生、政治にかかわらない。
「さっき話に出てきた友人のフリージャーナリスト、――アブラハムが、以前、僕に教えてくれた。まだ確証はないが、その選挙のとき、ほかの月面都市から不正な干渉や介入があった。それらを自分は秘密裏に調べている、と」
 ドルーアの顔は真剣だ。声も低い。口外してはいけない、危ない話なのだ。朝乃は怖くなった。
「干渉してきた都市は、ラ・ルーナ、チャーンド、ル・シアン。みっつとも宇宙軍を持ち、地球と戦争している」
 ドルーアは不愉快そうに、顔をしかめた。
「それらの都市は大金を投入して、『戦争に参加すべき、勝利に貢献すべき』と主張する候補者たちの手助けをした。さらに『中立を続けるべき、戦争をやめるべき』と主張する候補者たちのネガティブキャンペーンをした。あくどい方法で、足を引っぱったんだ」
 選挙が身近ではない朝乃には、うまく想像できない話だった。悪口を言いふらしたのだろうか。
「けれど結果として、今の市長である、中立や和平を主張する鈴木タニアさんが選挙で勝った。選挙は終わったが、それらみっつの都市の干渉は続いているのかもしれない」
 だからどこかで朝乃の情報を得て、誘拐をくわだててもおかしくないのだ。
「地球も月も、裕也が、――世界最高の超能力者がほしい。戦争に勝つために。いや、裕也の能力を考えると、戦争など関係なく彼がほしい。彼は誰にとっても、利用価値がある」
 ドルーアの目が、油断なく光る。朝乃はぶるりと震えて、両手を胸に当てた。裕也がいれば、一瞬でどこにでも移動できる。人を吹きとばしたり、ものを浮かせたりもできる。常人にはできないことが、できるのだ。
 その裕也の、たったひとりの肉親が朝乃だ。裕也を縛る、もっとも有効な人質。だから裕也は、朝乃が大切な存在と知られないように、朝乃の人質としての価値を高めないように行動している。
 裕也は今日、誰にもばれないように、家の中に直接、瞬間移動して朝乃に会いに来た。管理局裏手の襲撃事件でも、周囲に知られないように朝乃を助けた。ただ裕也は浮舟に密入国していたので、どのみち隠れる必要はあったが。
 朝乃は両手をひざに降ろして、ドルーアにたずねた。
「それで、ラ・ルーナと分かったのですか? ただこの三都市の中から、どうやってラ・ルーナにしぼりこんだのですか?」
 ドルーアは、やんわりとほほ笑んだ。
「ラ・ルーナとチャーンドは南極、ル・シアンは北極にある都市だ。月面では、氷が存在し、発電に利用できる太陽光が常に当たる極地に、都市は存在する。つまり南極と北極にだけ、都市がある」
 同じ極同士の都市は近いが、ちがう極になると遠い。朝乃たちの住む浮舟は、南極にある。よってドルーアは、黒幕は、浮舟近隣都市のラ・ルーナかチャーンドと考えた。
「だから『君たちは、ラ・ルーナの軍人だろう?』と、襲撃者たちにカマをかけた。チャーンドではなくラ・ルーナと言ったのは、当てずっぽうだった。この山カンが当たって、僕はびっくりした」
 ドルーアは苦笑する。
「すごいです」
 朝乃は感心した。よくそんなに頭が回るものだ。
「僕が本当にすごいなら、君を連れて、あんな人気のない管理局の裏口に行かない」
 ドルーアは自嘲する。
「僕はうかつだった。僕は君と、安全な場所にいるべきだった。防弾チョッキを買って、着ていればよかった」
 彼はくやしげだった。朝乃は何かが引っかかる。安全な場所に、朝乃たちはいたはずだった。けれど、軍服の男たちに襲われた。いや、待ち伏せされたのだ。襲撃者たちは、朝乃たちが管理局の裏口から出てくるのを知っていた。
「朝乃、思い出してくれ。僕たちはなぜ、管理局の裏口に行ったのか」
 朝乃たちの向かうさきを、襲撃者たちはなぜ知っていたのか。朝乃たちは誰によって、危険な路地に誘導されたのか。
「入国管理局のスミスさんが、人目につかずに市庁舎に行こう、迎えの車が来ていると言ったからです」
 朝乃はしゃべってから、顔を真っ青にした。
「彼が、犯人の一味ですか?」
 だが彼は銃で撃たれて、重傷を負った。信士も彼を心配していた。彼が犯人とは思えない。ドルーアは冷静な様子で話す。
「その可能性もある。ただスミスさんも、黒幕たちにだまされた、利用された可能性が高い」
「黒幕たちはラ・ルーナ軍と、日本以外の何かですよね?」
 朝乃は確認するように問いかけた。
「そうだ。なぜスミスさんが、僕たちを市庁舎に誘ったのか? それは誰の命令だったのか?」
 そこまで言われて、朝乃はやっと気づいた。けれど信じられない。ドルーアが、彼女は信頼できると言っていたのに。ドルーアは、朝乃が答を言うのを待っている。朝乃は口を開いた。
「浮舟市長の命令です。彼女も裕也をねらっているのですか?」
「分からない」
 予想に反して、ドルーアは難しい顔をする。
「市長の鈴木さんが、君を人質にとるつもりだったのか。裏でラ・ルーナとつながっているのか。ラ・ルーナから、何らかのおどしを受けているのか。それとも別の事情があるのか。市長に聞かないと分からない」
 彼は緑色の瞳を伏せる。朝乃は、あんたんたる気分になった。浮舟は朝乃にとって、安全な場所ではない。市長は信用できない。ところがドルーアは目を上げて、にこりと笑った。
「だから市長に会いに行こう。朝乃、僕と一緒に来てくれ」
「え?」
 朝乃は、あぜんとする。
「なぜですか? 警察に言わなくていいのですか?」
 警察が、国のトップである市長を逮捕できるのか分からないが。それに市長が信頼できないなら、警察もどこまで頼れるのか。また市長が朝乃をねらっているなら、朝乃は市長から逃げるべきだ。なのに、なぜ会いに行くのか。
「警察やマスコミに言うより、市長と会って話したい。今、こんな不祥事を起こして、彼女に退陣されたら困る。だから僕は、彼女と取り引きしたい。市長が誘拐にかかわっている証拠も、手に入れたことだし」
 ドルーアは、彼が世界の支配者であるかのように笑った。ドルーアにとっては、朝乃も市長もゲームのコマなのかもしれない。ドルーアが朝乃を大切にしていることは、分かっているけれど。
 彼は、優しいだけの人ではない。朝乃は少し憂うつな気持ちで、口を引き結ぶ。ドルーアは信頼できる。けれど彼に、すべてをゆだねてはいけない。裕也の望みどおりに浮舟に亡命する、と決めたときのように。
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