宇宙空間で君とドライブを

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  3−8  

 ドルーアは、パーティー会場にいるようなハデなかっこうをしていた。ネイビーのタキシードを着て、ベストとチョウネクタイはシルバーグレー。そして、ぴかぴかの黒の革靴をはいていた。
 逆に、こげ茶色の髪は少しぼさぼさだ。また彼は、薄い色のサングラスをしている。信士と同じく、医療用サングラスかもしれない。予想外なファッションのドルーアに、朝乃は驚いた。
「三次元テレビで見るのと、同じ顔だ」
 一郎が感心してつぶやく。ドルーアは一郎をちらと見た後で、朝乃に視線をやった。ちょっと嫌そうな、気まずそうな顔をする。朝乃は理由が分からなくて、ショックを受けた。ドルーアは信士に、声をかける。
「僕はもう退院します。レーザー銃からかばっていただき、ありがとうございました」
 信士は実直に言い返す。
「そこまで恩にきる必要はありません。あなたからのお礼は、十分以上にもらいました。……ですが、もしもほかにもお礼をしたいのであれば」
 信士は一郎を見やる。朝乃は、一郎はサインでもねだるのかと思った。が、
「いや、いいよ! なんで俺に話を振るんだよ。さっきは、ミーハーなことをするなと言ったのに」
 彼はあわてて、ドルーアから距離を置いた。それから、まじまじとドルーアを見つめる。
「やっぱりヨークと似ていますね。彼は今、南北交流プログラムで浮舟にいます」
 ドルーアは目を丸くした。ヨークとは誰だろう。朝乃は知らない。南北交流プログラムも分からない。
「君は……?」
 ドルーアはけげんそうに、一郎を見る。
「ヨークの、浮舟での友人のひとりです。また、南北交流プログラムの学生ボランティアもしています」
「そうか」
 ドルーアは納得したらしく、優しげな微笑をたたえた。
「彼は元気にしているかい? バスケットボールを続けていると聞いたけれど」
 だが朝乃には、ドルーアの笑みがうそっぽく感じられた。おそらく彼はとまどい、動揺している。朝乃は心配して、ドルーアを見た。
「続けています。大学卒業後はプロになるそうです」
 一郎は楽しそうに笑った。ドルーアは微妙な間を置く。
「ヨークに会ったら、応援していると伝えてほしい」
 ドルーアの好意的ではないリアクションに気づいたのだろう、一郎の笑みもぎこちなくなる。
「分かりました。彼は喜ぶと思います」
「ありがとう」
 ドルーアは礼を述べた。一郎は、もの言いたげに彼を見つめた。しかし信士に対して話しかける。
「じゃ、信士さん。俺は行くから」
 一郎は今度こそ、エレベーターへ向かった。
「ドルーア、お前も行かなくていいのか?」
 ずっと事態を見守っていた功が、声をかける。ドルーアは今日、用事があるのだろう。だから、こんな場ちがいなかっこうをしているのだ。
 今の彼はとても華やかで、迫力がある。気慣れている者特有の余裕がある。朝乃は気おくれする。それにさっき嫌そうな顔をされた。
「あぁ、出発しなくてはいけない。遅刻してしまう」
 ドルーアは言うがはやいか、朝乃に近づいてきて、きつく抱きしめた。朝乃はびっくりする。彼の抱擁に、心臓がどきどき鳴っている。こんなにぎゅっと抱きしめて、その高そうなタキシードは問題ないのだろうか。
「体は大丈夫ですか?」
 朝乃は何を言えばいいのか分からなくて、無難なことをたずねた。
「大丈夫だよ、僕の天使。僕は昨夜、君の寝顔ばかりを眺めた」
 ドルーアの手が朝乃の頭を、いたわるようになでた。朝乃はほっとする。ドルーアはいつもどおりだ。彼は朝乃を離すと、にこりとほほ笑んだ。
「しばらく会えないけれど、元気で。僕は今から、楽しいパーティーに行ってくる」
 楽しいパーティーという部分で、ドルーアが好戦的に笑った。驚く朝乃を無視して、彼は背中を向けて歩きだす。朝乃は彼を追いかけたくなった。具体的なことは分からない。しかしドルーアは何か大きなことを、危険なことをやるつもりだ。
 朝乃が一歩を踏みだすと、功が朝乃の肩をつかんだ。
「部屋に戻ろう」
「でも」
 朝乃は反論しようとした。
「今は放っておいてやれ」
 存外に厳しい口調で言われて、朝乃は鼻じろんだ。ドルーアはもうエレベーターに乗ったらしく、姿が消えている。信士は、少し迷った表情を見せていた。だが朝乃たちに会釈して、病室へ戻る。朝乃は功とともに、自分の病室へ戻った。
 功は病室に入ると、ベッドの枕もとに寄り、ナースコールのボタンを押した。しばらくすると、どうしましたか? と英語で応答がある。
「連絡が遅くなってすみません。朝乃が目覚めました」
 功が答える。
「承知しました。すぐに向かいます」
 プ、と音がして、通話は終了した。功は朝乃の方を振り返り、困ったようにまゆを下げた。
「そんな不安な顔をしないでくれ」
 心中を見透かされて、朝乃は言葉に詰まった。
「ドルーアならば、すぐにプライドを取り戻して帰ってくる」
 功は苦笑して、そばにあるソファーに座った。
「君を嫌いになったわけじゃない。顔を合わせづらいだけなんだ」
 朝乃は彼の向かいのベッドに、ちょこんと腰かける。納得できなくて、うつむいた。
「それよりも、管理局の裏口で君たちを襲った五人の男たちが、警察で供述を開始した」
 功は構わずに話を続ける。朝乃は顔を上げた。
「彼らのうちの三人は、日本軍の軍服を着ていた。上官の指示を受けて、君を誘拐しようとしたと言っている。残りの二人は、ほとんどしゃべらない。金で雇われた傭兵だろうと、警察は考えている」
 そのとき、こんこんとドアがノックされた。
「はい」
 功が英語で返事する。ドアが開いて、優しそうな雰囲気の女性看護師が入ってきた。背が高く、肌の色はこげ茶色だ。彼女は朝乃に向かって、ほほ笑みかけた。
「顔色はよろしいですね。食欲はありますか?」
「Yes. Hungry.」
 朝乃は、片言の英語で答える。朝乃にとって、初めての英語でのコミュニケーションだ。緊張して、声が上ずる。
「朝食は、七時から七時半の間に配膳されます。また十時に、二階にある診察室B22にて医師の診察を受けてください。退院については、医師にたずねてください」
「Yes.」
 朝乃は、分かったという意味をこめて、大きくうなずいた。看護師は病室から出ていく。朝乃は壁時計で、時刻を確認した。六時半過ぎだ。すぐに食事にありつけるだろう。朝乃は空腹で、のどもかわいていた。
「俺の朝飯は、病院近くのファーストフード店で買ってくる」
「あ、……すみません」
 功のせりふに、朝乃は申し訳なくなった。朝食が出るのは、入院患者の朝乃だけだ。
「気にするな。じゃあ、行ってくる」
 功は部屋から出ていこうとした。
「功さん。ひとつ質問をしてもいいですか?」
 朝乃は彼を引き止める。
「何だ?」
 功はふしぎそうに振り返った。
「さっきのドルーアさんと柏木さんとのお話に出てきた、ヨークさんとは誰なのか知っていますか?」
 ドルーアを動揺させるヨークとは、何者だろう。
「柏木さん?」
 功は首をかしげた。
「田上さんの息子だそうです」
 多分、養子だろうと朝乃は思った。
「あぁ、さっき廊下にいた男の子か。ヨークは、ドルーアの弟のニューヨーク・コリントのことだと思う」
 朝乃は、以前聞いたドルーアの弟妹たちの名前を思い起こした。ニューヨークのあだ名が、ヨークなのだろう。アメリカの都市名と同じとは、おもしろい名前だ。
「今、浮舟にいるとは意外だったな。大学の交換留学生かな? それともスポーツ交流?」
 功はそう言って、考えこむ。朝乃は、大学生でバスケットボールをやっているドルーアの弟を想像しようとした。朝乃の感覚で言うと、大学に通い、何の役にも立たないスポーツをやっている男など、単なる金持ちの道楽息子だ。
 ちなみにドルーアの役者という職業も、似たような印象だ。ところが朝乃はドルーアにほれているので、役者という職業に対する評価も上がってしまっている。
 昨日ドルーアは、自分の弟妹はみんな、朝乃と裕也の敵と言った。しかしドルーアの弟で、さらに信士の息子の友人が敵とは思えない。
「ニューヨークさんは、私の敵でしょうか?」
 朝乃は分からなくて、たずねた。功は昨日、敵というドルーアの発言を否定しなかった。
「さぁなぁ。さきほどの話だと、従軍する予定もドラド社に入る予定もなさそうだし」
 功は、うーんと伸びをする。こった肩をほぐすように、首を左右にかたむけた。
「分からないな。長男のドルーアと次男のゲイターが対立しているのは、有名な話だ。だが三男のニューヨークに関しては、ほとんどうわさを聞いたことがない」
 あぁ、それから、と思い出したようにしゃべる。
「東京宇宙港の火事は、昨日のうちに鎮火したらしい」
 じゃ、と手を上げて、功は病室から出ていった。
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