宇宙空間で君とドライブを

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  3−4  

「田上信士(たがみ しんし)と申します。初めまして」
 信士はきまじめに、あいさつした。年齢は、三十代の中ほどだろうか。ネクタイをきっちりとしめて、黒髪はオールバックになでつけられている。まったく笑みを見せない男に、朝乃は緊張してあいさつを返した。
「村越朝乃です。よろしくお願いします」
 信士はじっと朝乃を見る。
「少し顔色が悪いですね」
 いたわるような声に、朝乃はとまどった。
「移動中、タクシーの中で眠っていました。今は寝起きで、ぼんやりしています。でも大丈夫です」
「分かりました。つらくなったら、遠慮せずに言ってください」
「はい。ありがとうございます」
 朝乃はほっとして、ほほ笑んだ。信士は見た目は怖いが、優しい人らしい。
「あなたの名前ですが、ムラコシが名字、アサノが名前ですか?」
「はい」
 信士は、机の上にあるキーボードをたたく。彼からしか見えない位置にあるディスプレイの画面を見て、何かを確認した。
「性別と年齢をお願いします」
「女性で、十七才です」
 信士は再びキーボードをたたく。
「亡命申請を出したいのは、あなたひとりですか?」
「はい」
 朝乃が返事すると、最初に窓口にいた女性が戻ってきた。朝乃とドルーアに、ミネラルウォーターとアメを出してくれる。
「ありがとうございます」
 朝乃は日本語で礼を述べた。女性は分かってくれたらしく、にこりとほほ笑んだ。それから立ち去る。信士はドルーアに問いかけた。
「あなたは、どなたですか?」
「僕はドルーア・コリントです。浮舟在住の二十八才男性です」
 ドルーアは愛想よく笑う。朝乃はコップを取って、ごくごくと飲んだ。浮舟は涼しいわりには、のどがかわく。
「身分証のコピーを、こちらへ送ってください」
 信士は、机の上に置かれた黒色のタブレット型コンピュータを、ドルーアの前に出す。
「はい」
 ドルーアは、腕時計のタッチパネルを操作した。そして腕時計とタブレットをくっつける。ちょっとすると、
「ありがとうございました」
 信士は、タブレットの画面を確認して言った。次に朝乃の方を向く。
「今からあなたに、いくつか質問します。誠実に答えてください。また答えたくないものは、答えなくてかまいません」
「はい」
 朝乃はうなずいた。信士は何かに思い至ったらしく、ドルーアに向かってしゃべる。
「ミスター・コリント、時間がかかると思います。ここで待っていても、管理局の外に出ていてもかまいません」
「どれくらい、かかりますか?」
 ドルーアはたずねる。
「一時間以上かかると思います。村越さんは、浮舟入国前に亡命申請を出していません。また、宇宙港や駅での申告もありませんでした。そして浮舟住民による事前手続きもございません」
 信士はたんたんと話す。
「よって彼女は今から私と面接し、申請書や誓約書などを書かなくてはなりません。場合によっては、市庁舎もしくは警察に行く必要もあるでしょう」
 朝乃はげんなりした。犯罪者になった気分だ。けれど朝乃は浮舟に密入国したし、当然かもしれない。ドルーアも、しぶい顔をしている。彼は、はぁとため息を吐いた。
「確かに、時間がかかりそうですね。ですが僕は、ここで待っています」
「承知しました」
 信士は返事してから、朝乃の方を向く。
「それでは質問を始めます」
「はい」
 朝乃は気を取り直して答えた。ドルーアはのんびりと、コップに口をつける。
「あなたが浮舟に入国したのは、いつですか?」
 朝乃はちょっと考えた。夕方の五時くらいだっただろうか? 夕食の支度をしているときに裕也が現れて、朝乃を浮舟に送ったのだ。
「夕方の五時ごろです」
「何日前のことですか?」
「今日です」
 信士は不可解そうな顔をした。
「今の時刻は、午後四時四十二分です。ついさきほど入国されたのですか?」
「あ、いいえ」
 朝乃は言葉に詰まった。どう説明すればいいのだろう。
「彼女は、浮舟時間の本日午前九時ごろに入国しました。日本時間では、夕方の五時ごろだったのでしょう」
 ドルーアが助け舟を出す。朝乃はほっとした。浮舟と日本の間には、時差があるのだ。
「分かりました」
 信士は、ふに落ちないといった表情でキーボードに入力する。
「日本から浮舟まで、どこの国々を経由しましたか?」
「どこも経由していません」
 朝乃は答えた。信士は、みけんにしわを寄せる。
「日本から浮舟への直行便はありませんが、それは確かですか?」
「はい」
 信士の表情に、朝乃は不安になった。
「それでは、どのような交通手段を用いて、浮舟に入国しましたか?」
 どう答えればいいのだろう。朝乃が黙っていると、信士は柔らかい口調でしゃべる。
「宇宙船に乗りましたか? 月面都市間モノレールを利用しましたか? 自家用車でしたか?」
 信士にどのような反応をされても、正直に答えるしかない。朝乃は覚悟を決めた。
「弟に瞬間移動(テレポート)させられて、入国しました」
 信士は口を閉ざし、無表情になった。キーボードを機械的にたたく。
「あなたの弟の名前を教えてください」
「村越裕也です」
「彼は超能力者ですね。あなたにも超能力がありますか?」
「ありません」
「入国した場所はどちらでしたか?」
「ドルーアさんの家です」
「僕の家の住所は、身分証にのっています。もっとくわしく言えば、僕の家の一階のリビングに、彼女は現れました」
 ドルーアが言い添える。それから朝乃に向かって、
「合っているかい?」
 と確認した。
「はい。私はソファーの上に落とされました」
 彼は、考える仕草をする。
「裕也は君がけがをしないように、ソファーの上に送ったのだろう。まさに、宙(そら)から降ってきた天使だな。いや、羽衣をなくした天女かな?」
 楽しそうに笑ってから、すぐにまじめな顔に戻った。
「そして君が困らないように、僕と功がそろって在宅中に送った」
 朝乃は、はっと気づいて、うなずいた。ドルーアも功も四六時中、家にいるわけがない。裕也はなんらかの方法で調べて、ふたりが在宅中に朝乃を送った。
 裕也は朝乃を功の家に送るつもりが、まちがえてドルーアの家に送ったのでもない。ちゃんとねらって、ドルーアの家のソファーに朝乃を落とした。知り合いだった功はともかく、なぜドルーアを巻きこんだのか分からないが。
 信士は厳しい表情で、朝乃とドルーアを見ている。やがて彼は口を開いた。
「超能力を利用しての入国も亡命申請も、前例のないことです。先月のリゼ・スタンリーの亡命も、超能力を用いたものではありませんでした。また村越裕也という超能力者は、SランクにもAランクにも登録されていません」
 超能力者たちは、その力の大きさによって、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、ランク外に振り分けられる。SランクとAランクは、全世界に二十人もいない。
「あなたの亡命が認められるかどうか、結果が出るまでに時間がかかるでしょう。通常では、三週間以内に結果が出ます。ですが、あなたの場合はどうなるか、私には分かりません」
 朝乃は意外な気持ちで、信士を見た。彼は、瞬間移動で入国したという信じがたい話を受け入れている。朝乃とドルーアの話を否定していない。するとカウンターの奥から、太った白人男性が信士のそばにやってきた。
「信士、少しいいか?」
「何だ、ジョシュア?」
 信士は驚く。会話は月面英語だったが、朝乃はほぼ聞き取れた。
「市長から、村越朝乃という亡命者を保護するように指示されている。彼女はただちに市庁舎へ向かい、市長と会わなくてはならない」
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