宇宙空間で君とドライブを

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  番外編「前日譚――イギリスまで飛んで、紅茶を頼む」  

「両親の敵をうつのです」
 通夜の席で、裕也はかたくちかった。そのために、大切な姉の朝乃を孤児院に置いて、軍に入ったのだ。別れ際、朝乃はずっと泣いていた。
 今ごろ、姉はどうしているのだろう。孤児院で、幼い子どもの世話や家事に追われているにちがいない。そして裕也が両親みたいに死ぬのではないかと心配している。
(朝乃のためにも、俺は死ねない。せっかく予想外に、超能力者になったのだ。手柄を立てて、栄達してみせる。そして朝乃とふたりで、裕福に暮らすのだ)
 裕也の決意は固い。今まで損ばかりする人生だった。裕也も朝乃も、そろそろいい目を見ていいはずだ。
 裕也は今、基地内にあるホテルで暮らしている。来月からは、マンションでひとり暮らしの予定だ。そして日本とアメリカの交渉がうまくいけば、朝乃もアメリカにやってくる。裕也は朝乃と暮らせるのだ。
 数日前にアメリカに来たばかりだが、ホテルのビュッフェもハンバーガーも食べ飽きた。シスコンの自覚はあるが、朝乃の手料理が食べたい。それにフロリダはリゾート地だ。美しい砂浜のマイアミビーチを、朝乃は気に入るだろう。
 昨日、裕也はトキオと、その有名なビーチを歩いた。戦時中なのに、人々はハデな水着を着て、浮かれ遊んでいた。日本で暮らしていた裕也には、不謹慎にしか思えなかった。トキオはつまらなさそうに、紅茶をちびちびと飲む。
「まずいなぁ。次からは、ティーバッグを持参しよう。少尉、君もよくそんなけったいな日本茶が飲めるな。ちょっと瞬間移動で日本に飛んで、いい茶っぱを買ってくればいいのに」
 気の抜けた声を出すトキオに、裕也は脱力した。
「俺はお茶をすするために、ここにいるのではありません。それに日本まで飛べって、ここから日本まで何キロあるのですか?」
 裕也はあきれた。アメリカ本土を西へ横断し、さらに太平洋をこえろと言うのか。さすがにそれは無理だろう。裕也は自分の目で見える範囲までしか、瞬間移動で飛んだことはなかった。
「何キロメートルか知らないが、自分の能力の限界を知るために、一度、試してみればいい。君が太平洋に落ちても、死体の回収はしてやる。死がいの解剖は、俺がやろう」
 トキオはにやりと笑う。
「ひとまずイギリスまで飛んで、紅茶を頼む。一緒にビーチを歩いた仲じゃないか?」
 裕也はげんなりした。白い砂浜は、おっさんとではなく、女性と歩きたかった。できれば巨乳で、水着姿で、美少女で、……思考が脱線してきた。
「イギリスなんて無理です。紅茶は輸入品を自分で買ってください」
 裕也は断った。トキオはそのうち、月まで飛べとか言いそうだ。その場合、失敗したらどうなるのか。宇宙服も着ずに、宇宙で窒息して死ぬ自分が想像できた。裕也は命が惜しいので、宇宙は試したくない。
「俺は勝利に貢献するために、ここにいるのですから」
 裕也は鼻息を荒くした。けっしておととい顔を合わせた、Sランクの超能力者リゼのおっぱいに興味があるわけではない。大きな胸の美少女リゼの水着姿なんて、……ぜひ見たい。
 いや、駄目だ。裕也にとって、女は朝乃ひとりだ。貧乳で口うるさくても、朝乃を守ることが裕也の使命だ。そして天国にいる両親の望みでもあるだろう。
「勝利に貢献か。少尉は今、戦況がどうなっているか理解している?」
 トキオはのんびりと問いかける。裕也はうっと言葉に詰まった。実は、さっぱり分かっていない。けれど少尉、つまり士官になったので、理解していないとまずいと思う。
「地球周回軌道上でドンパチやっているんだ。地球の勝利はありえないよ」
 トキオはさらりと言う。裕也はぎょっとした。
「な、なんで、負けるなんて言うのですか?」
 動揺して、声が裏返る。日本でそんなことを口にした日には、警察にどこかへ連れていかれる。トキオは白けた目をして、裕也を見た。
「火星を取り合っているのに、火星周回軌道上ではなく、火星への航路でもなく、地球近傍で戦闘が行われている。去年からずっと戦場は地球だ。スペースデブリによる、地球封じこめ作戦はなくなったが」
 相当、戦況は悪いと、トキオは顔をしかめてつぶやく。裕也には分かるような分からないような話だった。トキオは冷静で、大人だった。
「敗戦は確実。あとはどう、うまく終わらせるかだけの話だ」
 自由の国アメリカとはいえ、こんなことを話していいのか。しかも、本部ビルの中で。裕也はおろおろと周囲を見回した。けれどさっきから喫茶スペースには、裕也とトキオしかいない。監視カメラはあるが、音声まで拾っていないだろう。
「みんなでがんばれば、戦争に勝てます」
 裕也は彼をはげますように言った。トキオは弱気になっているだけだ。裕也は真剣なのに、トキオは飲んでいた紅茶をぶっとふきだした。彼はおもしろそうに笑う。
「君は敵機を適当に落として、英雄として帰還することだけを考えればいい」
「はい」
 裕也は返事をした。多分、それが地球の勝利につながるだろう。
「あっけなく死ぬか、純朴な少年のままでいるか、狂天使ミハイルのような殺人兵器になるか、リゼのように泣いておびえるか」
 トキオは人ごとのように言う。裕也は相変わらず、彼にどう接していいのか分からない。彼はふいに優しく、裕也にほほ笑みかけた。
「君がどんな姿になっても、俺は構わない。ただ君は、俺の大切な実験動物(モルモット)だ。できるだけ死なないでくれ」


地球から見た月( フリー写真素材ぱくたそ
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