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  素直になれずに kiss me  

盤上にチェスの駒を並べながら,俺は向かいに座っているアリエールの顔を見ずに言った.
「なぁ,どうせなら,何か賭けようぜ.」
すると,アリエールはすぐに乗ってくる.
「そうね! 私が勝ったら,レノアに何をしてもらおうかしら?」
……自分が勝つのが前提かよ.
俺は呆れた.
「俺は何でもするぜ.」
ゲーム弱いくせに,強気だな.
「俺が勝ったら,」
俺が勝ったら,アリエールをくれ.
……なんて,兄のトップみたいなくさい口説き文句が言えるわけもなく.
「そぉね〜,……そうだ! 私の今日のおやつのリンゴパイを分けてあげるわ!」
要らねぇ…….
心の底から,要らねぇ…….
「別のものにしてくれ.」
貴方が勝てたら,結婚してあげるわ,とか……,……いや,何を期待しているんだ,俺は.
「じゃ,エマールの肩たたき300回券をあげる!」
「何なんだよ,それは!?」
なんで,俺がエマール王子に肩を叩いてもらわなくちゃいけないんだよ!?
しかも300回って,微妙な数だな.
「アリエール本人ができることにしろよ.」
「何よぉ,エマールが6歳のときに作った,今ではかなりレアなカードなのに…….」
頬を膨らますな,唇を尖らすな.
襲うぞ.
「パイを作るのはコックだし,肩たたきをするのは王子だろ!?」
せめてアリエールの肩たたき券をくれ.
「私にできること〜? そんなのあるかなぁ.」
ある!
お前にしかできないことが.

俺が求婚しているってことを,忘れていないか!?
アリエールは首をひねって,考え込んでから,
「じゃ,キスしてあげる.」
と,笑った.
少し頬を染めて,照れくさそうに.

俺はその言葉の意味を理解するのに,めちゃくちゃ時間がかかった.
――キスシテアゲル.
アリエールの台詞を頭の中でリフレインするだけで,体中が甘くしびれて.
視線がアリエールの唇ばかりにいく.
その後,二言,三言,何かしゃべったような気がするが,すべて左の耳から右の耳に通り抜け,右の耳から左の耳に通り抜け,――試合開始!

めらめらと闘志を燃やした俺は,容赦なくアリエールに襲い掛かり,あっけなく勝利!
「チェックメイト.」
いつもは手加減してやっているからな.
「うそ〜〜〜!? なんで〜〜!?」
涙目で,アリエールは頭を抱える.
ふっ,俺に勝とうなんて100年どころか1000年早いんだよ!
俺は早速椅子から立ち上がり,アリエールのそばまで行く.
「立てよ.」
声が上ずった.
「え? なんで?」
と不思議そうに首を傾げながらも,アリエールは椅子から立ち上がる.
その体をしっかりと抱きしめて,俺は勝利の報酬をいただいた.
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