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  セカンド・アース  

冷たい風が吹き付ける川の堤防を,歩く.
気温は,この季節にしては少し低いぐらいだ.
夕焼け空の下,私は友人らと家路を急いだ.
今日の数学の授業は眠かっただの,そろそろプールが始まるだの,たわいの無い話をしながら.

黒の詰襟の学生服は,息苦しさを感じさせるのだろう.
川のせせらぎは,安らぎを感じさせるのだろう.
落ちてゆく太陽は,郷愁を感じさせるのだろう.
虫の音は,聞こえない.
そこまでは,再現できなかった.

手を振り,友人らと別れて,私は一人で行く.
太陽の沈む方へ.
真っ赤に染まる大地へ.
小学生の集団が,私の横を走り抜けた.
一人の子が,ランドセルを五つも六つも抱えている.
私はこの光景を見て,懐かしいと感じなければならない.
あぁ,私も幼い頃には同じ遊びをしたと.
じゃんけんをして,負けた者がランドセルを全部持つのだ.
ランドセルは,重い.
そう,人間ならば.

私は,右耳の下にあるスイッチに触れた.
押すつもりは無いが,――また,私には感情は存在しないが,時々なぜか触れたくなる.
船の全機能を停止させる,危険なスイッチ.
宇宙船<方舟>,私たちは人類の生存に適したセカンド・アースを求め,旅をしている.
この,虚空の宇宙の中を.
たった,一船のみで.
私たちロボットにセカンド・アースの捜索と,地球文化の保存を任せた人類は,コールド・スリープに入ってしまった.
理論上は,永遠に生きられる.
目的地到着まで,いつまでも待つことができる.

夕日の朱の中で,小学生の一人が倒れる.
ピーピーピーと,エラーを知らせる警報が鳴っている.
「故障か?」
私は,彼らの元へ走りよった.
「はい,足が動作しません.」
倒れた小学生の足は,びくとも動かない.
「モータがやられたかもしれない.」
私は,プログラム通りのため息を吐いた.
「困ったな,下半身部分のモータの予備はもう無いぞ.」
小学五年生のロボットが,肩を竦める.
「小学生が,六人から五人になりますね.」
最初は,二十三人居た.
「文化保存プロジェクトは,理論上は五百年間,継続可能だったのだがな…….」
ジャパン・ゾーンも,そろそろ閉鎖しなくてはならないだろう.
「すでにドッジボール,ハナイチモンメなどの遊戯は難しくなっています.」
理論は理論でしかない.
希望が,希望でしかないのと同じように.

コールド・スリープの人類は,地球出発時には四千名余り居た.
けれど,睡眠装置の初期不良で約百名が死に,今もぞくぞくと老化し,死んでゆく.
セカンド・アース,遥かな夢.
ゆりかごの中で,自分たちにとって都合の良い未来だけを夢見ている.
人類を受け入れてくれる星がどこかにあり,自分たちはきっとそこへたどり着けると.
――代わりなど,あるはずがない.
奇跡の星に,セカンドなど.
右耳の下に手を寄せて,私はそっと目を閉じる.
ファーストを壊した人類には,それが分からなかったのだろう.
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