ロインの川を越えて

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  番外編 フェアナンドはシスコンだ  

 シュプレー王国の城の二階のバルコニーから中庭を見おろすと、そこにはフェアナンドとミラがいた。俺、――ラウリンは幸せな気分になる。ミラの姿を見るのは、三日ぶりだ。これで今日一日、俺はがんばれる。
 ミラとフェアナンドはふたりがけのいすに座り、庭の花々を見ている。ミラはフェアナンドの片腕を抱いて、彼にくっついている。フェアナンドは機嫌よく笑っていた。
 まだ春は来ない。寒い日が続いている。しかし春のおとずれを告げるように、花々は健気に咲いている。
(俺は寒いけれど、ミラ王女とフェアナンドはあたたかそうだ。ミラ王女は俺にも、くっついてくれないかな。そんなことをされたら、俺は鼻血を出しそうだけど)
 ミラとフェアナンドは仲がいい。ミラはフェアナンドを頼っているし、フェアナンドもミラのためなら何でもやりそうだ。ふたりとも燃えるような赤い髪をして、優しげなエメラルドの瞳も同じだ。
 ふとフェアナンドが顔を上げて、俺に気づいた。俺に向かって、笑顔で手を上げる。そしてミラに何かを話しかける。ミラも顔を上げて、俺に笑いかけてきた。
「こんにちは、ラウリン王子」
「こんにちは。庭の花々がきれいですね」
 俺は喜んでバルコニーから身を乗り出して、大きな声を出す。
「はい。クロッカスが満開ですよ」
 ミラの笑顔はかわいい。俺はでれっとした。これで三日間ぐらい、がんばれる。シュプレー王国の城には、頼りになる家族も護衛騎士のリアムも犬のビケットもいない。さらに城は大きく、広い。
 荘厳な雰囲気に、大勢いる騎士やメイドたちに、俺は委縮している。自分の背中が丸まらないように、声が小さくならないように気をつけているが。そんな俺にとって、落ちついた雰囲気のミラはいやされる存在だった。
「シュプレー王国人は堅実で、まじめで、合理的」
 と、よく言われる。もちろん、ちがう性格のシュプレー王国人もいるが、ミラとフェアナンドはそんな感じだ。何かと情けない俺に、いつも親切にしてくれる。
 俺は姉の結婚披露宴に出るために、カペー王国の城にも滞在した。カペー王国とシュプレー王国の城を比べると、カペー王国の方が華やかさや優美さを好む印象だ。
 俺の故郷であるアーレ王国は牧歌的だ。端的に言えば田舎だ。城の庭にやってくる馬は、俺を見ると、バカにしたように笑う。
 フェアナンドは、俺が見ているせいか、バツが悪くなったのだろう。ミラが抱いている自分の腕を、取り戻そうとする。
「こら、離しなさい」
「え? なぜ?」
 ミラはきょとんとする。フェアナンドは困ったように話す。
「はずかしいだろう?」
「何が?」
 ミラは兄の腕を離さない。恋人どうしのようだ。俺は苦笑した。すると、
「さっきから君の大きな胸が、私の腕に当たっているんだ」
 フェアナンドは顔を赤くして、ミラに注意した。ミラは、ぱっと腕を離す。俺は思わず、彼女の胸を凝視した。フェアナンドは、はっと気づいて、俺の方に視線をやる。
 俺は冷や汗をかいて、視線を外した。背中を向けて、さっと立ち去る。表情に出さないように気をつけているが、内心、大喜びだった。
(ミラ王女は胸が大きい。着やせしている。すばらしい情報をありがとう、フェアナンド。これで、残り二か月のシュプレー王国滞在もがんばれる)
 ミラは大国の王女だ。いつかは誰かに嫁ぐ。シュプレー王国国王は、「ミラをもらってくれるならば、誰でも構わない」と言う。だがフェアナンドが必ず、ミラを幸せにする立派な男を探してくる。
 フェアナンドも国王も、俺なんかは眼中にない。誰でも構わないならば、俺でも構わないのに。フェアナンドもたまに、
「ありのままのミラを愛してくれる男がいたらいいのだが……」
 と、口にする。ところが彼らの目は、俺を素通りする。俺はミラと同じテーブルで食事したことも、カードゲームをしたこともあるのに。ミラの目も俺には向かない。それでも俺は彼女が好きだ。

 数日後、フェアナンドが、
「あの日、妹はいろいろあって落ちこんでいた。私はそれをなぐさめていた。普段からミラは、私にべったりとくっついているわけではない。あの日は特別だったんだ」
 と言い訳をした。だけど俺の妹であるパトリッチアは、落ちこんでも俺に何も教えないし、俺の腕も抱かない。
 さらにフェアナンドは俺に、ミラをいやらしい目で見るなと釘を刺してきた。俺は自分の片想いがばれたのかと思い、ぎくりとした。用もないのにミラを探すことは、俺の大切な日課だ。しかしフェアナンドはシスコンを発揮して、そうしゃべっただけだった。

 そして今、最強のシスコンであるフェアナンドのこぶしが、ミラをベッドに押し倒した俺の腹にたたきつけられた。痛いなんてものじゃない。今日、一日の食事をすべて吐きそうだ。俺は床に崩れ落ち、立てなかった。
「ロイン川を越えるまで、妹に手を出さないでくれ」
 フェアナンドが申し訳なさそうに頼む。はい、お兄様、あなたのおっしゃるとおりにします。
 ただベッドで抱きつかれて、「好きです。結婚してください」と言われたら、俺の理性も吹き飛ぶ。そしてミラの胸は、期待どおりに大きかった。これで俺は一生涯、がんばれる。
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