王女さま,婿をとる 第1話


王女さま,プロポーズをする


昔々あるところに,それはそれは美しい王女さまが居ました.
髪は月の光を集めたような銀,瞳は澄んだ湖の底を覗きこんだような青.
肌の白くきめ細やかなことは白磁に例えられ,愛らしく可憐な声は鈴が鳴るように.
ふわりふわりと揺れる絹のドレス,どんな花よりも芳しい香水の香り.
それ以上は説明するのが面倒くさいので省きますが,まぁ,とにかくものすごく美しい王女さまでした.

しかも王女さまは美しいだけではなく,強く賢くたくましかったのです.
7歳で孔子の論語をそらんじ,10歳で連立方程式を解き,15歳でアインシュタインの特殊相対性理論を理解しました.
いまいち時代考証と地域考証が謎ですが,JR東海飯田線の全駅を早口言葉で言えるようなスーパー王女さまだったのです.

さて,そんな王女さまもお年頃.
そろそろお婿さまをとって,父親である国王陛下を安心させてあげなくてはなりません.
というのは,国王陛下には王女さま一人しか子供が居ないからです.
つまり,王女さまのお婿さま→次期国王陛下というわけでございます.
「お父様,わたくしお婿など取りたくありませんわ.」
王女さまは,涙ながらに国王陛下に訴えます.
「それに次期国王ならば,わたくしが一番の適任者でしょう?」
お目目うるうるの上目遣いでございます.
実はすでに王女さまは,王国の内政に関わっておられました.
「う〜ん,でも女性には王位継承権は無いんだよ.」
愛娘のお願いに,国王陛下は困り果てます.
「いまどきそのようなジェンダー差別はいけませんわ,お父様.」
時代考証がますます謎めいてまいりました.
「女性にも王位継承権を与えるように,法律を変えてくださらない?」

王女さまの夢,それは立派な国王陛下になることです.
この美しい王国を守り,発展させることです.
美しい山,美しい川,美しい湖,美しい海.
そして広大な土地の割りには,まばらな人口.
むしろ人間よりも家畜であるヤギや羊の方が数が多いなどと言ってはいけません.
とどのつまり田舎じゃんは禁句でございます.

「法律の王位継承権に関する項の改変,それに伴う条例の変更,議会の承認と国民への布告,やってくださいますわね?」
すでに下準備ばっちりな王女さまが,国王陛下に詰め寄ります.
「ええ〜〜〜,」
すると国王陛下は,ついつい本音をしゃべってしまいました.
「面倒くさ〜い,やりたくな〜い.」
ここでアニメならば,ぶちっと糸の切れる音がすることでしょう.
「ぁあ!? 何を言ってるんだよ,くそ親父!」
可憐な美少女の口から出ているとは思えない台詞でございます.
「だいたい親父が子作りに励まなかったせいで,こんな事態になってんだろ!?」
花もはじらう16歳の言葉として,適切でも安全でもありません.
「なんで兄貴か弟か,作らなかったんだよ!」
「だって〜〜〜,がんばったけどできなかったんだもん.」
指を組みつ解きつしながら,国王陛下は拗ねてしまわれます.

「法律変えるの大変なんだから,結婚してよ〜!」
確かに法律の改変は大仕事でございます.
公式文書の差し替えだけでも一苦労なのに,一番の労苦は国民への布告でございます.
なんせ,この王国はとっても広いのでございます.
国境地域までは,馬に乗って何日も旅をしなくてはなりません.
そうして苦労してたどり着いて,村人たちを集めて法律の変更を説明しても,
「あ,そう.……それで?」
と興味ナッシングな受け答えをされると思うと,こちらとしてもやる気ナッシングでございます.
「もう議会の承認が取れるように,根回しもしてんだよ!」
王女さまの特技は,裏工作でございます.
「あとは親父が動くだけだろ!?」
自分の父親をレールの上で走らせようとしておられます.
「やだよぉ,面倒だよぉ.」
愛娘にいじめられた国王陛下は,めそめそと泣いてしまわれました.
「ちっ,泣くんじゃねぇよ!」
王女さまは,げしっとお父さまの背中を蹴りつけます.
フリルのドレスでの暴行でしたので,微妙に下着がチラリズムで見えかけましたが,エロかっこいい王女さまはまったく気にしませんでした.

さて,ここで話題転換.
国民皆農民なこの王国にも,一応貴族なるセレブリティな人々が居ます.
貴族なので特に働くことも無く,のんびりだらだらと日々を過ごしておられます.
そんな貴族の一人の少年.
彼は日がな一日縁側で日向ぼっこをしたり,領地を散策したりしています.
ときには領民のおばあさんと一緒にお茶を飲んだり,おじいさんと一緒に碁を打ったりと,まだ16歳というのに定年退職後の老人のような生活を楽しんでいました.
そんなある日,少年のもとへ王女さまがやってまいります.
「久しぶりだね〜,元気だった〜?」
少年は王女さまの幼馴染でございます.
「遠いところをよく来たね〜,お菓子でも食べる〜?」
都会から帰省してきた孫をもてなす,おじいちゃんの乗りです.

王女さまは,そんな少年をきっとにらみつけて言いました.
「ルーイ,お願いがあるの!」
「何〜?」
紅茶を注ぎながら,少年は話を促します.
「私と結婚して!」
唐突すぎるプロポーズに少年は,ぼぉぉぉぉと言葉を吟味,咀嚼し,ぼぉぉぉぉとさらにぼんやりとした後で,とりあえず驚きました.
「あ〜,びっくりしたぁ.」
「びっくりするまでの時間がなげーよ!」
突っ込みつつ,王女さまは少年の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶります.
「こっちはプロポーズしたんだから,さっさと返事を言え!」
まるで脅迫のような求婚でございます.
今,流行の鬼嫁予備軍に違いありません.

聡い王女さまは,よ〜く考えたのでありました.
王位継承権が得られないならば,影で実権だけを握れるようになりたいと.
つまり形だけの操り人形の国王陛下を据え置けばいいのだと.
すでに発想が悪役のようでございます.
そして王女さまは,ちょうど適役が居るではないかと少年にプロポーズしにやって来たのでありました.

少年はぼーーーーんやりと,王女さまのお顔を見つめました.
王女さまは気づいていませんが,少年は元気いっぱいで野心あふれる王女さまのことが大好きでした.
王女さまとの結婚→王女さまといつも一緒に居られると,少年ののーーーーんびりした脳みそが計算をはじき出します.
「うん,いいよぉ〜.」
王女さまに首を絞められながら,少年は笑いました.
「結婚しよ〜.」
窒息死寸前の,次期国王陛下の誕生でございます.

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