リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  エピローグ  

 その後の話をしよう。真昼の太陽の下、瞳とシフォンを乗せたサラは、保護区の山に降りた。ガトー、ショコラ、ロール、ビター、タルト、リームたちは大いに驚く。朝、ふいに姿を消したシフォンが、空飛ぶサラに乗って瞳を連れて帰ってきたのだ。
 とにかく無事でよかったとガトーたちは喜び、これにて物語はめでたしめでたし。……とは、ならなかった。なんせシフォンは本当に国中の街や村をめぐって、手を振ったのだ。その日から保護区には、わっと人が押し寄せる。
「リオノスが空を飛んでいた」
「リオノスの背に、建国伝説の勇者が乗っていた」
 人々は興奮して口ぐちに言う。手紙もわんさか来た。
「リオノスが、辺境のわが村に来た」
「五十年ぶりにリオノスを見て、じいさんの病気がよくなった」
 シフォンの家には、彼の兄や親せき、友人や知り合いたちがやって来る。
「リオノスの背にいた男が、シフォンにそっくりだった」
「子どものころから知っているが、あいつは異世界から来たのか?」
 シフォンは一人ひとりに向かって、説明をしなくてはいけなかった。お願いしても、サラは二度と飛んでくれないこと。巨大な翼もいつの間にか、小さくなっていたこと。病気が治ったのは、偶然と考えられること。
「僕は勇者でも異世界人でもなく、だいだいこの村に住んでいる幻獣の研究者です」
 シフォンは困り果てて、しゃべる。だが彼は国で一番の有名人になり、近くの村や町を歩けば、
「学者は世をしのぶ姿で、実は勇者なのよ」
「異世界から転生してきたにちがいない」
「これからすごいことを、――きっと国を興したりするんだ」
 と、ささやかれたり、
「空飛ぶリオノスの上で、女の子とちゅーしていた人だ!」
 と、子どもに無邪気に指をさされたり。
「手を振るのではなかった。あのときの僕は興奮して、われを忘れていた」
 シフォンは心底、後悔しているけれど、どうすることもできない。
 ちなみに瞳は彼ほど目立たなかったので、顔は覚えられていなかった。誰かに聞かれて、故郷の日本の話をしても、その誰かは勝手に、異世界から来たのはシフォンだ、彼から聞いた話を瞳はしていると理解した。
 それから保護区には、ここで働きたいという若者が多くやってくる。リオノスのために使ってくれと、寄付金も集まった。羽ばたく姿に感動して、国中の芸術家たちがリオノスをたたえる。リオニア国は、空前の幻獣ブームとなった。
 数か月後、レートから手紙と贈りものが届く。王子は切々と瞳に謝罪し、シフォンに怒りを解くように訴えていた。素朴な花をかたどったイヤリングは、おわびの品らしい。
 シフォンは手紙を読んで、首をかしげる。レートをなぐってどんな処罰が下されるのか、びくびくしていたからだ。しかしガトーはのん気に笑う。
「王子は君に、国を乗っ取られるかもしれないとおびえているのだろう」
 ところで瞳は保護区に戻って一か月もしないうちに、サラの巣穴から追い出された。リオノスの子どもではなくなったので、サラと一緒に眠れなくなったんだ。
 瞳はさびしいけれど、巣立ちを受け入れた。そしてシフォンとともに、集落の小屋に引っ越す。ふたりは結婚して、いつまでも仲むつまじくリオノスと暮らした。

 ときは流れ、リオニア国には、蒸気機関車が汽笛を鳴らして走る。首都クースの港からは蒸気船が、はるかに遠い国々に向かって出航する。立ち並ぶ工場の煙突から煙が吐き出されて、空がくすみ太陽の光がにぶくなる。
 それでもなお、人々の心に残る風景があった。大きな白い翼をはためかせて、金色の獣が風を切る。いつかこの空を飛行機が飛んでも、忘れない。翼を見たならば、永遠に語りつげ。これは、心優しきリオノスとモフオンと少女の物語。
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