リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  5−6  

 なぐられたレートが、床に転がる。瞳は起き上がって、ぽかんと口を開けた。あの温厚なシフォンが、暴力を振るった。しかも王子に。シフォンは心底、怒っていた。普段、山で働いている彼は、レートに比べると腕力がある。
「予算は要りません。保護区を閉鎖したいなら、お好きにどうぞ。瞳は返してもらいます。僕は僕なりの方法で、リオノスを守ります」
 彼は緑色の両目で、レートを冷たく見おろす。
「勇者……」
 レートは倒れたまま、ぼう然としてシフォンを見上げる。左のほおがはれている。シフォンは瞳の方を向くと、心配そうな顔になった。普段どおりの穏やかな青年に戻っている。瞳はほっとして、シフォンのもとへ駆け寄った。彼は優しく、瞳の頭をなでた。
「保護区へ帰ろう」
「はい」
 瞳は喜んで返事した。シフォンは瞳を抱き上げて、サラの背中に乗せる。瞳のかばんを拾ってから、サラによじ登り、瞳の後ろに座る。
「待て!」
 王子が正気づいて、こちらに向かって走り出す。と同時に、サラが天井に向かってジャンプした! 瞳たちはあわてて、サラにしがみつく。視界が金に染まる。上昇する、駆け上っていく。ふと風を感じると、一面の青。
 雲ひとつない空に、太陽が輝いている。下には城の屋根があり、窓からは大勢の人が目を丸くして見ている。
 瞳のおしりの下あたりから生えている翼が、ばっさばっさと動いた。純白の羽が舞い踊り、翼はどんどん大きくなる。瞳が驚いて見ていると、翼はサラの体の何十倍にもなった。
「僕らを乗せて、リオノスが飛んでいる」
 シフォンが震える声でつぶやく。サラは街の上を優雅に滑る。街の人々もまた驚いて、空を仰いだ。いきなりシフォンが、うおーーっとおたけびを上げる。ぎょっとする瞳に、彼は抱きついた。
「すごい。最高だ! 君は、僕が子どものころからの夢をすべてかなえてくれた」
 そして無理やりに、唇を合わせる。口づけを終えると、シフォンは眼下の人たちに手を振った。わぁっと声が返ってくる。男も女も笑顔で手を振り返し、シフォンはさらに興奮して両手を上げた。
「クースの空にリオノスが来るのは、何十年ぶりかのぉ」
 街灯の隣で、杖をついた老人が涙ぐむ。懐かしそうに、瞳たちを見上げていた。子どもたちがレンガ道を走って、瞳たちを追いかける。
「お兄ちゃん、こっちにも手を振って!」
 シフォンはすぐさまこたえた。父親に肩車された子どもが、小さな手でサラを指差す。
「モフオンだ。大きなモフオンが飛んでいる」
 父親はまぶしげに目を細めた。
「ちがう、リオノスさ。国旗に描かれているだろう? あれこそがリオノスの翼、私たちの国の象徴だ」
 ほこらしげに、わが子に告げた。街では、みんな楽しそうにサラを見ている。落ちてくる白い羽を取ったり、窓から身を乗り出してハンカチを振ったり、お祭り騒ぎだ。
「瞳、君も手を振ってごらん」
「遠慮します」
 ほおを紅潮させるシフォンに、瞳は苦笑した。さすがに恥ずかしい。しかし子どもみたいにはしゃいでいる彼はかわいいと思った。シフォンはサラの体をなでる。
「さぁ、保護区へ帰ろう。けれどその前に、国中の空を回ろう。君の美しさを、すばらしさを、世界中に教えるんだ」
 サラは同意したのか、翼を力強く羽ばたかせた。風がシフォンと瞳の髪をなぶり、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。金色のリオノスは瞳たちを乗せて、どこまでも飛んでいった。
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