リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  5−2  

 高校に入って数か月が過ぎたころだ。通学途中の路地で、同じクラスの男子たちが茶色の小さな犬をけっているのを目撃した。何が楽しいのか、彼らはげらげらと笑っている。瞳は犬を助けようと飛び出しかけたが、一緒に歩いていた友人が止める。
「駄目だよ。あいつらはタチが悪いから。私は同じ中学だったから、知っている。関わっちゃいけない。ほら、行こう。目を合わせずに通り過ぎるの」
 彼女はまゆをひそめて、ささやいた。けれど瞳は無視できなかった。ボールのようにけられている犬がかわいそうだった。
「やめて! 警察を呼ぶわよ」
 瞳の大声に、男子たちはにやにやと笑い、犬を置いて立ち去った。しかし犬は虫の息で、すぐに死んだ。長毛のチワワで、迷子になった飼い犬か飼い主に捨てられた犬と思われた。
 そして男子たちに目をつけられた瞳は、いじめのターゲットになった。友人たちから見捨てられ、教師や母親には助けてもらえず、いじめはエスカレートする。ついには、公園に連れられて暴行を受けたのだ。

 城に着くとレートは、ふらふらになっている瞳を豪華な客室に閉じこめた。
「こんな疲れきった顔で、父上や兄上の前に出られたらこまる。今日は休んでくれ。父上たちには明日の夕食で紹介する」
 いまいましげに命じられたが、瞳は喜んで従った。とにかく今日は、誰とも会わずにすむ。瞳はメイドたち、――エプロン姿の優しいお姉さんたちに給仕されて、のんびりと昼食を取る。食事は魚介類が多く、おいしかった。食後は窓からバルコニーに出る。
 首都クースは港湾都市だ。海を眺めると、大きな船がボォォォと汽笛を鳴らして、港の桟橋へ近づいてくる。二本ある煙突から煙を吐き出し、船のおしりでは水車が回っている。外輪のついた蒸気船だ。
 蒸気船から離れた場所には、帆のついた漁船がいくつも浮かんで、海から網を引き上げる。街に目を向けると、人も建物もいっぱいだ。工場らしいものも点在している。瞳はバルコニーからの風景と、シフォンのくれた地図を照らし合わせた。
(ここまで大変だったけれど、無事に城に到着した。明日、国王陛下と王子殿下の前でリオノスの話をすれば、保護区へ帰れる)
 気持ちのよい潮風が、瞳の短い髪を揺らす。旅の間で、王子の召使いたちとは仲よくなった。首都にある自分の家まで遊びにおいで、と誘ってくれた人たちもいた。
 瞳は部屋に戻ると、天がい付きのベッドで、だらだらと過ごし昼寝までした。夕食をいただき、客室についている風呂場であせを流す。
 肌触りのいいネグリジェを用意してもらい、よく冷えたハーブティーまでサービスされた。瞳が礼を述べると、メイドたちはにっこりと笑う。
「レート殿下が来られます」
 そう告げて、彼女たちは部屋からいなくなった。しかし瞳は五分も待たないうちにソファーで舟をこぎ、目をこすりながらベッドに移動した。あっという間に眠りに落ちて、悪夢さえおとずれない。
 朝、明るい光の中で目覚めると、枕にはべったりとよだれがついていた。ほおにも、よだれのあとが残っている。そしてそばには、あきれた表情のレートが立っていた。
「君は本当に年ごろの娘か? いや、保護区の連中が言ったとおり、君は子どもだ」
 瞳は、王子が来ると連絡されたのに、さきに寝てしまったことを思い出した。
「申し訳ございません」
 おそれいって、ベッドの上で平伏する。ついでに、ほおをネグリジェのそででふいた。レートはため息をはく。
「まぁ、いい。父上や兄上との夕食を成功させることが優先だ」
 彼は案外、他者の失敗に寛容だ。
「はい」
 瞳は顔を上げて、気合の入った返事をした。それから質問する。
「セーラー服を着た方がいいですか?」
 レートは少し考えてから、しゃべる。
「いや、私が君のドレスを用意する。楽しみに待っておけ」
 彼はにやりと笑って、部屋から出ていった。なので瞳は昨日と同じく、自由に過ごした。メイドたちはみな瞳に甘く、瞳の要望はなんでも聞いてくれる。
 瞳は城の庭を散策し、厨房に遊びに行き、短い時間だったが首都の観光もした。城下町は明るく、活気がある。三時ごろ、城の中の自分の部屋でおやつのケーキを食べていると、ピンク色のドレスが届いた。
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