リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

戻る | 続き | 目次

  銀の髪飾り  

夕食後の食堂で,ガトーはのんびりと読書をしていた.
隣の席では,妻のショコラが編みものをしている.
毛糸のベストは,遠い街に住んでいる孫への贈りものだ.
かんかんかん,とかすかに音がする.
斜め向かいの席で,木こりのビターが工具の手入れをしているのだ.
テーブルに布を広げて,その上で作業をしていた.
隣のテーブルからは,仲むつまじい恋人たちの声が流れてくる.
「シフォンさんにもらった髪飾り,お城でメイドの人たちに磨いてもらったのです.」
「ええ? これ,本当に僕が買ったものかい?」
「はい.えらくきれいになって,――いえ,もとが汚かったわけではないのですが.」
「いや,いいよ.値の高いものではなかったから.それに,新品ではなかったし.」
ガトーは,隣のテーブルに視線を移した.
シフォンの手には,銀製の装身具がある.
きらきらと輝き,一目で値打ちものと分かる.
しかし以前,瞳がつけていたときは,――とても愛らしかったが,もっと安いものに思えた.
「いいものだったんだね.」
ガトーは声をかけた.
が,シフォンは複雑な顔をする.
「村に来た行商人から買った中古品なんです.選んだのも僕ですし.」
「若先生には,見る目があるのですよ.」
ビターが楽しげに口をはさんだ.
「そうね.ビターの言うとおりだわ.」
ショコラがくすくすと笑って,瞳を見る.
「なるほど.」
妻のせりふに,ガトーは納得した.
少女は,なぜ,わが身が注目されているのか,目をぱちくりとさせる.
そして,
「シフォンさんには鑑定眼があるのですね.」
と,感心して結論づけた.
ガトーは微笑する.
ショコラもビターも意味を理解して,ほほ笑んだ.
傷ついてぼろぼろだった子どもは,すっかりと美しい娘になった.
近ごろ保護区で働くようになった若い男たちなど,密かに瞳を気にしている.
ガトーがさりげなく,瞳はシフォン,――いまだに勇者と信じられている,と結婚式の準備中だと教えると,すぐにあきらめるが.
しかも瞳に城での話を聞けば,王子から妻となるように申し付けられたらしい.
けれど,少女は断った.
つまり,レートよりもシフォンを,城よりも保護区での暮らしを選んだのだ.
ガトーたちは,瞳の無欲さに驚くやらあきれるやら.
何はともあれシフォンは,王族から求婚されるほどの女性を自分の恋人とした.
この国で一番の,見る目のある男なのだった.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2012 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-