リオノスの翼　―少女とモフオンの物語―

　　好き嫌い　　

瞳の信頼を一番に勝ち取ったのは，シフォンだった．
これは，ロールには意外なことだった．
シフォンは若く子育ての経験などないし，さらに瞳にとって異性でもある．
しかし思い返せば，当然の結果かもしれない．
ロールたちは少女を心配するあまり，ことを急ぎすぎた．
対してシフォンは，ゆったりと構えていた．
保護区における次世代の指導者は，ロールの想像以上に器が大きかったらしい．
今も彼は，食事をする瞳に付き添っている．
隣の席で，のんびりと読書をしながら．
ロールは最初，瞳がちゃんと口をつけるか見守っていたが，途中で席を立った．
じっと監視されていては，食べづらい．
さりげなく本を開いたシフォンを見て，そのことに思い当たったのだ．
同じ部屋で別の用事をやりつつ，ちらちらと視線を送る．
黒髪の少女は，おどおどしているが，シチューを口に運んでいた．
ただ，きのこだけを避けている．
どうやら苦手なようだ．
すると，シフォンが気づく．
「食べてあげるよ．」
横からスプーンを取り上げて，きのこをほおばる．
少女はぎょっとして，顔を赤らめた．
きのこを平らげたシフォンは，スプーンを返す．
が，瞳は受け取るのをちゅうちょした．
彼は不思議そうに首をかしげてから，優しくほほ笑む．
「苦手なものは無理しなくていいよ．僕にも，好き嫌いはあるから．」
ロールは，がくっとこけそうになった．
シフォンは，女の子の扱いに慣れていないらしい．
これは，助け舟を出すべきだ．
ロールは小走りで台所へ向かい，事前に切ってレモン水につけていたリンゴを取り出す．
皿に盛り付けて，フォークを二人分用意した．
これらを持ってテーブルに戻ると，案の定，瞳は食べていない．
うつむいて，スプーンを使うべきか迷っている．
シフォンは，引き続き本を読んでいた．
手を動かさない少女を気にしているが，確実に分かっていない．
ロールはリンゴの皿を，彼らの前に置いた．
「若先生もどうだい？」
シフォンは本を閉じて，やんわり笑う．
「ありがとうございます．」
ロールは，瞳の前からシチューの皿とスプーンを取り上げて，リンゴを食べるように促す．
瞳は，ありがとうございますと小声で言って，フォークを手に取った．
これでよし．
ロールは再び，テーブルから離れた．
ふと思い立って，振り返って瞳とシフォンを眺める．
瞳は，何才なのだ？
先ほどの反応は，年ごろの娘のものだ．
だが保護区に来た当初は，もっと幼く，――せいぜい十才程度に感じられた．
それは少女が心身ともに傷ついて，獣みたいに泣き叫んでいたからだ．
けれど瞳の様子が落ち着くにつれて，推定年齢は上がった．
今は，十五，六才に見える．
もしかしたら，もう少し上かもしれないが，どちらにせよ年ごろの娘だ．
瞳とシフォンの並ぶ姿が，今までとはちがった意味を持ち始めた．
いまだに，瞳の出自は知れない．
少女を連れてきたのは，保護区からほとんど出ないはずのリオノスだ．
ところが瞳は，顔立ちや着用していた服などから，遠い異国から来たと推察できる．
なのに，この国の言葉に不自由しない．
なぞだらけだ．
一瞬，建国伝説が頭をよぎったが，瞳はあくまで普通の少女だ．
リオノスとの距離が誰よりも近い点では特別だが，けっして勇者ではない．
しかし瞳は若く，シフォンと仲がいい．
そしてシフォンには恋人がなく，できる気配もない．
安月給で幻獣に夢中な彼に魅力を感じる若い娘は，あまりいないのだろう．
実際にロールの娘たちも，「彼はちょっと……．」と言葉をにごした．
将来，保護区を背負って立つのは，シフォンと瞳かもしれない．
ロールの目には，そんな風に映った．