リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  5−4  

「君は建国伝説を体現する存在だと,保護区で教えただろう?」
逆に,王子はベッドに座った.
「王家としては,君を手もとに置きたい.一番いいのは世継ぎである兄の妻になることだけど,」
カスターにはすでに妻がいて,二人は仲がいいと言う.
「となると兄の愛妾になるより,私の妻になった方がいい.幸いにして,私たちは年齢が近い.」
何かのビジネスについて語っているようだ.
「君にも,いい取り引きだ.私のそばで異世界についてしゃべるだけで,働かずに遊んで暮らせる.」
豪華な城で暮らし,美しいドレスを着て,おいしいものを食べて,と並べ立てるが,
「いい取り引きではありません!」
瞳は足を踏ん張って,反撃を開始した.
「私はリオノスの話をするために,城に来たのです.あなたと結婚するなんて聞いていません.」
リオノスとともに,保護区の優しい人たちに囲まれて生きる以上の幸福は,瞳にとってない.
「おとといも昨日も,私は口説くつもりだったのに,君はすやすやと眠っていたんだ.」
まるで子どもみたいに,と苦虫をかみつぶす.
「だましたのですね!?」
「君や保護区の人間にとって,不利なことはしていない.」
かっかする瞳に対して,彼は冷静だった.
「父も兄も,建国伝説に出てくる聖獣リオノスの保護を,おろそかにしない.」
瞳は,ベッド脇のかばんからコートを取り出す.
寝巻きの上からコートを着こみ,荷物を持って,部屋から出て行こうとする.
「どこへ行く?」
レートが,瞳の腕をつかむ.
「保護区へ帰ります.」
瞳は振り払った.
「君ひとりで,どうやって?」
「お金ならあります.」
真正面から言い放つ.
「そのお金で馬車に乗って移動し,夜は宿屋に泊まります.」
「女の子ひとりで旅をするのか? おそってくださいと誘っているようなものだな.」
王子は苦笑した.
「男ものの服と帽子があるから,男装します.」
「すぐにばれるさ.」
肩をすくめる.
「ならば手紙を出して,シフォンさんが迎えに来るのを宿屋で待ちます.」
「手紙?」
レートは驚く.
「文字が書けるのか?」
「私は書けません.でも手紙は用意してもらっています.」
あらゆる状況を想定して,シフォンはたくさんの手紙を書いた.
なので,瞳はそのうちのひとつを選んで,郵便局へ持っていけばいい.
「もしも途中でお金がなくなっても,私は働きます.職業案内所の看板は知っているし,地図も持っています.」
さらに首都に住むシフォンの友人や知り合いを頼る手もある.
シフォンの書いた紹介状は,かばんに入っている.
「国王陛下にお目通りさせていただき,ありがとうございました.私はこれにて失礼します.」
王子に背中を向けて,歩き出す.
無事に帰れないのではないかという保護区の大人たちの懸念は,現実のものとなった.
だが彼らの準備してくれたものが,瞳を守る.
だから必ず,保護区へ帰るのだ.
部屋の扉にたどり着くと,再び腕を取られる.
「君と夜を過ごして,父や兄に紹介した後で逃げられたら,とんでもない恥をかく.」
振りほどこうとしたが,男の力は強かった.
「離してください!」
「うるさい! 部屋から出さないからな!」
瞳は,床に突き飛ばされる.
けれど立ち上がって,かばんをつかみ扉へ走った.
「このくそガキ!」
レートは瞳を捕まえて,床に転がる.
「お前なんか女じゃない,よだれかけでもしておけ!」
「何よ! 童顔のくせに!」
瞳は王子をひっかき,王子は瞳を押さえつける.
「痛い!」
いきなり彼は顔をしかめた.
彼の手に,金色のふさふさした毛玉がかみついている.
チワワだ.
口を離すと,ぐるるとうなって彼をにらむ.
この犬には,見覚えがあった.
日本で,クラスメイトたちにけられていたところを助けた犬だ.
なぜここにいて,しかも背には白い羽が生えているのか?
「モフオン!?」
レートが叫ぶと,羽つき天使チワワは,もおーんと声を上げた.
金色に輝き,輪郭が溶けていく.
目を開けていられないほどの光の中から,巨大な前足が飛び出る.
ついで現れる,幻想的な青の瞳と立派なたてがみ.
「サラ!」
瞳は呼んだ.
七色に変化する,力強い翼.
しなやかな背にしがみついた,シフォン.
サラは軽やかに,部屋のじゅうたんに着地した.
シフォンがすぐに,瞳と王子を見つける.
緑色の両目を怒りに燃え上がらせて,サラから飛び降りる.
少しのちゅうちょもなく,レートの胸ぐらをつかんでなぐりつけた.
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