リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  2−1  

自分の悲鳴で目が覚めた.
白い翼の中で瞳は逃げ惑い,腕をめちゃくちゃに振り回してから我に返る.
サラが,心配そうなまなざしで見つめていた.
大きな翼が,瞳を守るように包んでいる.
さっきまでも暴れる瞳がけがをしないように,包んでくれていた.
瞳は,サラの体にすがりついた.
金色の毛が,くらやみの中で輝いている.
さらりとした手触りで,ぬくかった.
ここは,山の斜面にほられたリオノスの巣穴だ.
地面には,乾いた草が敷かれている.
瞳の足に,サラの子どもたちがくっついてきた.
一人ではないことが分かって,瞳の心は慰められる.
サラに救われてから,二か月がたっていた.
あのとき受けた体の傷は治り,跡もほとんど残っていない.
医者のガトーは,すっかり元どうりだねと言う.
なのに毎晩のように,悪夢を見る.
朝日が昇り,巣穴の奥に光がさしこむまで,瞳はサラに抱きついていた.

朝の川辺には,リオノスの群れが集まる.
水を飲んだり,下流で水浴びをしたりするのだ.
それらに加えて,大人たちはあいさつを交し合う.
つまり社交の場なのだ.
サラもほかの群れのリーダーたち,――中にはサラの夫もいる,との交流に忙しい.
リオノスは基本的に,五,六匹程度の群れを同性で作る.
子育ては母親とその姉妹たちで行い,サラのように一匹で行う例は少ない.
サラの子どもたちは,ほかの群れの子どもたちと水浴びをしていた.
たまにこちらに視線を送り,一緒に遊ぼうと誘ってくる.
瞳は,リオノスたちからサラの子どもとして認められていた.
冷たい水で手や顔を洗っていると,背中を鼻先で押される.
振り返ると,若いリオノスのオスがいた.
リオノスは,自慢げに翼を広げる.
朝日を浴びて,――ちょうど日の光が当たる角度で翼を広げている,純白の翼がきらきらと輝く.
さらに前足を上げて,威風堂々と後ろ足のみで立った.
あまりに唐突なできごとに,瞳はぽかんとする.
すると瞳とオスの間に,サラが入ってきた.
けん制するように,オスをにらむ.
オスはしょぼんとして立ち去った.
今のは,何だったのだろう.
「こんな立派な翼を,俺は持っているぞ!」と自慢されたのだろうか.
分からないままに,瞳は綿布で顔をふく.
それからサラに連れられて,ふもとまで歩いた.
集落にたどりつくと,シフォンが木の柵にもたれて待っている.
「おはよう,瞳.」
「おはようございます.」
瞳は,サラからシフォンのもとへ行った.
シフォンは瞳の肩を抱き寄せる.
そしてサラに向かってほほ笑んだ.
それを確認すると,サラは背中を向けて山へ帰る.
いつごろからか,これがサラとシフォンの間の決まりごとになっていた.
最初は瞳が集落に行っても,サラはそばにいてくれた.
けれど集落にいる時間が長くなるとともに,サラは山へ帰るようになった.
瞳はサラを追いかけたくなり,実際に何度も追いかけたが,今は一人でいられる.
それは,シフォンのおかげだった.
彼は人間の集落における,サラの代わりである.
瞳が最初に覚えた人の名前は,もちろんシフォンだ.
彼は瞳のもっとも信頼する人物で,もっとも年齢の近い人物でもあった.
瞳は十六才で,彼は二十四才だ.
瞳はさっそく,川辺でのできごとを相談してみる.
シフォンはリオノスの研究者であり,リオノスの生態にはくわしい.
すると彼は目を丸くした後で,くすくすと笑った.
「それは,リオノスの求愛行動だよ.」
五秒ほど考えた後で,瞳は意味を理解した.
「ええ!?」
ぎょっとする.
「君は結婚を申し込まれた.そしてサラが断ったんだね.」
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