乙女ゲームの主人公に転生したけど、何かがおかしい。(主に和的な意味で)

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  2 硝子の少年(がらす の しょうねん)  

「忠勝先輩が嫌なら、隣のクラスの宮城(みやぎ)ジョアンはどうだ?」
「彼も有名人だね」
 ブラジル人と日本人のハーフ。結構、ハンサム。サッカーの天才で、もちろんサッカー部に所属している。
「ただ、ジョアンルートに入るためには、サッカー部のマネージャーになるしかないんだ」
「男目当ての入部だね」
 私は、食べ終わったお弁当を片付けた。
「マネージャーになった詩織は、得意のお菓子作りでジョアンの胃袋をつかむ」
 竜太はとっくに、お弁当箱を風呂敷に包んでいる。
「詩織はクッキーとかだけじゃなくて、ロールケーキとかも作れるだろ?」
「まぁね」
 チョコレート菓子作りには、いい加減慣れたわ。
「そして、いくたの試練を乗り越えて、詩織とジョアンは恋人同士になる」
「ところでジョアン君は、短髪だったよね?」
「いわゆるスポーツがりだ。よって、ちょんまげは無理だ」
「安心したよ。なら、マネージャーになろうかな」
 まだ部活を決めていないことだし。それに中学のとき、サッカー部のマネージャーだったんだよね。竜太は、ディフェンダーだった。
「乙女ゲームをプレイする気になってくれて、うれしいよ」
 竜太はにこにこと笑う。
「俺は、詩織の恋を手助けするサポートキャラなんだ。だから、いくらでも頼ってくれ」
「そだね。さっそくジョアンルートについて、もっとくわしく教えてよ」
「分かった。まず、二学期になってすぐに、ジョアンはブラジルに帰国する」
「へ?」
 私は口を、あんぐり開けた。
「すでに恋人になっていた詩織は、彼を引き止めるけれど、過酷な運命が若い二人を引き裂くんだ」
 このシーンに涙したプレーヤーは多い、と竜太は力説する。
「遠恋なの?」
 しかもブラジルなんて、地球の裏側じゃない。
「そうだ。そして詩織は、ブラジルへ行く旅費を貯めるためにバイトを始める」
「ファミレスとかファーストフード店で働くの?」
「ちがう。これまた得意の怪力をいかして、工事現場で働くんだ」
 なんとコメントすればいいのやら。乙女ゲームなんだから、もっとキラキラしたおしゃれな場所で働けばいいのに。
「ジョアンとは離ればなれ。電話で声も聞けない、ネットでコミュニケーションも取れない。会いたくても、会えない」
 竜太は演歌歌手のように、せつせつと歌い上げる。
「バイトを始めて三か月、詩織には新しい恋人ができる」
 ずこーっと、私はこけた。
「浮気をするの!? 最低じゃない」
「人の心は移り変わるものだ」
 竜太は、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありと歌いながら、琵琶(びわ)を弾くマネをした。
「誰だって、遠くにいる人より、身近にいる人の方がいいだろう?」
「遠くにいる人を想い続ける人もいるけれど、私は身近な人の方がいいわ」
 しかしだからと言って、浮気をするなんて。ジョアン君が、かわいそうすぎる。
「そこへジョアンが、日本に戻ってくる」
「うわっ、修羅場だ!」
 乙女ゲームって、怖っ!
「でも、ある意味、おいしいかも」
 私は、よこしまな期待を抱いた。
「イケメン二人が、私を取り合うんだね」
 少女漫画の定番。この展開は、おいしいよ。けれど竜太は、首を振った。
「そんな都合のいい話はない。ジョアンは傷心して、何もせずに、再びブラジルに帰るんだ」
「ええーっ!」
 私は文句を言う。
「私を取り戻さないの? いや、取り戻さなくてもいいけれど、せめて怒るとかしないと駄目じゃない」
「男は弱く、繊細な生きものだ。あぁ、あわれなジョアン」
 竜太は、手ぬぐいで涙をぬぐった。
「ジョアンの乗った飛行機を、新しい恋人とともに見送る。これがジョアンルートのベストエンドだ」
「最悪だ」
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