乙女ゲームの主人公に転生したけど、何かがおかしい。(主に和的な意味で)

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「喜べ、詩織(しおり)。君は、乙女ゲームの主人公に転生した」
「はぁ?」
 高校に入ったばかりのある日、私の幼なじみで同じクラスの竜太(りゅうた)が言った。
「金持ち、美形、天才、誰でも選びたい放題。もちろん逆ハーエンドもある」
 制服のネクタイを緩めて、竜太はうっしっしと笑う。私はあきれて、卵焼きを口に放りこんだ。今はお昼休みで、私たちは屋上でお弁当を食べている。
「意味が分からないんだけど。ミニトマトでも食べる?」
「サンキュー」
 竜太はミニトマトを受け取り、一口で食べた。
「実は俺には、前世の記憶がある」
 竜太のはしにより、からあげが私のお弁当箱にやってきた。
「俺の前世は女性で、とある乙女ゲームにはまっていた。この高校はまさに、そのゲームの舞台なんだ」
「おかしな新興宗教にでもはまったの?」
 着物の着付け教室をやっている竜太のお母さんに相談しなくては。次の土曜日が、おけいこの日なのよね。
「ちがう! とにかく俺には、ゲームの知識がある。だからその知識を活用して、詩織を幸せにしてやろうと思うんだ」
 青空のもとで、竜太は宣言した。
「詩織は美人だから、楽しいぞー」
 にやにや笑って、水筒の緑茶を飲む。
「まず詩織、どんな男がいい? やっぱり男は経済力だよな? 金だよな?」
「せちがらいわね」
 このセリフを、あの上品な竜太のお母さんが聞いたら、どれだけ嘆くか。
「二年四組の佐藤代忠勝(さとうだい ただかつ)って知っているか?」
「知っているよ。有名人だもの」
 私たち一年生でさえ、彼の顔は知っている。なんせ、ものすごい美形なのだ。しかも、まっくろい長髪をなびかせているので、大変、目立つ。念のため言っておくが、男子の長髪は校則違反ではない。
「あいつは金持ちだ」
「へぇー」
 ハンバーグがおいしいなぁ。
「親の年収は、一千万程度だ」
「え? 安っ!」
 私は思わず叫んだ。
「安いことはないだろう?」
 竜太はぷんぷんと怒る。
「だって、乙女ゲームでしょ? そんな現実的な数字じゃなくて、年収一億とか一兆とかの方が夢があっていいのでは?」
 竜太はあきれている。
「普通の公立高校に、そんなとんでもない金持ちの息子は来ないよ」
「そうだけど」
 普通の公立とは言っても、私はこの高校に入学するために、死にものぐるいで勉強した。なので竜太の言い方には、少しむかついた。
「いずれにせよ忠勝先輩は、美形で性格も悪くない。さらに文武両道の優等生。武士のように立派な男だから、お勧めだ」
「なんでそこに、武士が出てくるの?」
 私は、遠山の金さんとか水戸黄門とか時代劇が好きだけど。ちなみに竜太が好きなのは、演歌や着物だ。
「詩織は、侍が好きだろう? 忠勝先輩も、忠勝先輩の親も、侍が好きなんだ」
 だから、忠勝なんて名前なのか。徳川家康の家臣の、本多忠勝から取ったんだろな。
「忠勝先輩って家族そろって、大河ドラマとか観てそう。私は大河は、篤姫の再放送を観た程度だけど」
 あれこそ、徳川家定、小松帯刀、勝海舟が攻略対象の乙女ゲームだった。当然、トゥルーエンドは家定様との結婚だ。
「でも篤姫だけでも観ていただろ? だからすぐに、忠勝先輩と仲よくなれる」
 ふーん、と私は適当に相づちをうつ。
「そして夏休みが過ぎて、忠勝先輩は」
 今は、四月下旬。そろそろゴールデンウィークだね。
「真の武士になるために、中ぞりをして、ちょんまげを結うんだ!」
 私は、食べていたデザートのキウイをぶっと吹き出した。
「ちょんまげ!?」
 忠勝先輩は長髪だから、ちょんまげを結うことは可能だけど。しかも、中ぞりまでするのか。中ぞりさえなければ、単なる和風ポニーテールで済んだのに。
「ちょんまげは、校則違反じゃない」
 竜太はきっぱりと言う。
「校則違反じゃないけれど、常識で考えて、ちょんまげはありえないでしょ」
 私は、下に落ちたキウイをティッシュにくるんで拾った。あぁ、もったいない。
「おのれの偏狭な常識を、他者に押しつけるのはよくない」
「竜太の言っていることは正しいけど」
 ちょんまげを結ったネクタイ姿の男子高校生、しかも美形を想像して、私は笑いそうになった。
「ちょんまげ頭の忠勝先輩のスチルは、乙女ゲームの伝説に残るほど美麗だった」
 いやいや、信じられないんだけど。
「とにかく、忠勝先輩が個人の趣味でちょんまげを結うのはいいけれど、私は彼と恋人になりたくない。つまり攻略したくない」
「そうか」
 竜太は残念そうに、まゆを下げた。
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