君のために剣を取り……
あたしは,かわいそうなお姫様.
自国が戦争で負けたために,敵国へ嫁いできたかわいそうなお姫様.
真っ白なベッドの上で,夫となる王子様を待つ.
今夜は,初夜.
ぶっちゃけ,すっげー怖い.
がたがたと震えながら待っていると,控えめなノックの後で,一人の男の子が部屋の中に入ってきた.
15,16歳程度かな? ふわふわの栗色の髪で,品の良さそうなお顔.
男の子はベッドの中に居るあたしを見て,嬉しそうに笑った.
「は,初めまして,ラウラ.」
「はぁ!?」
はにかんだ男の子には悪いが,あたしは思い切り顔をしかめて見せた.
「あんた,誰? 王子様のお小姓?」
……の割りには,いい服を着ているけど.
「え? ち,違いますよ.」
男の子は,なぜか真っ赤になって首を振る.
「私の名前はジェラルドです.貴女の夫となる王子です.」
あたしは,じっとジェラルドの顔を観察した.
ちょっと目つきが悪かったかもしれない,ジェラルドがおどおどと視線をさまよわす.
「女の工面に苦労しそうな顔とは思えないけれど…….」
ジェラルドは真っ赤な顔で「そ,そんな工面なんて……,」と,もごもごとしゃべる.
「わざわざ敗戦国から姫を召し上げなくても,お嫁さん候補はいっぱい居るんじゃないの?」
あぅぅぅ,と言葉に詰まる王子様.
赤面症の王子様は,いちいち動きが小動物系だ.
かわいいとは思うけれど,あたしは年下は趣味じゃない.
王子様の国と,あたしの国は戦争をした.
いや,戦争をしたという言い方は正しくないかもしれない.
戦場に軍を配置しただけで,あまりの兵数の差に,すぐに降参したのだ.
剣を交えることも,矢を射ることもなく.
まぁ,賢明な判断だと思う.
戦場はすぐに和平交渉の場となった.
和平の条件はひとつだけ.
お姫様を一人頂戴.いき遅れの19歳でよかったら,どうぞ.わ〜い,ありがとう.
ってなわけで,あたしは嫁いできたんだけど,
「権力を盾にしないと結婚できないなんて,どんな不細工な面と思いきや,普通の顔じゃん.」
王子様は,しゅんと俯いている.
「それとも性格が悪いとか……?」
むしろ,あたしの方が性格が悪いような気がする.
人の良さそうな王子様を,ちくちくといじめている.
「うちの国と姻戚関係を結んでも,何のメリットも無いわよ.」
あたしは,ため息を吐いた.
自慢じゃないが,あたしの国は田舎の小国.
いったい何のために結婚をするのやら.
「わ,私は!」
と,いきなりジェラルドが叫びだした.
「結婚にメリットなんて,も,求め,……いや,その,」
なのに,尻すぼみに声が小さくなる.
「そんなもののために,軍隊を率いたわけじゃ,……あ,あああ貴女のために,」
「ちょっと,待ったぁ!」
今,聞き捨てならない言葉があった!
「あんたが軍を率いて,うちの国までやってきたの!?」
あの大軍を指揮して!?
こんな頭悪そうな顔をしているのに,実は有能? いや,単に部下が有能なだけかも.
王子様は,こっくりと頷く.
あたしは一人で頭を抱えた.
こいつが指揮官? まじで?
……ならば,聞きたいことがある.
「何のために戦争をしたの?」
最初から,おかしいと思っていた.
うちみたいな小国に,あんな大軍でやって来るなんて.
「じ,実は……,」
ジェラルドの声が近くなる.
「私は次男なんです.」
言いづらそうに話す王子様の影が,ベッドに落ちる.
「でも王位を継ぎたいんです,逆に兄は継ぎたくないって言っているんです.」
あたしはベッドの奥へと逃げる.
「だから何らかの武勲を立てて,その武勲によって兄から継承権を奪うつもりなんです.」
あたしの頭の中に,無能な第一王子,有能な第二王子というよくありそうなパターンが浮かんだ.
「つまり武勲を得るために,うちの国に攻めてきたんだ.」
あたしは,さっとジェラルドの顔から目をそらした.
「あんた,賢いよ.うちの国なら簡単に勝てるものね.」
略奪をしない,規律正しい軍隊だったと聞いた.
だから,和平もすんなり決まったと.
「それで勝ったから,とりあえず,あたしをもらったんだ.」
ぼろっと,唐突に涙がこぼれた.
見られたくなくて,顔をがばっと俯ける.
「ごめんなさい…….」
謝る王子様の声が,さらにあたしを惨めにさせる.
「ごめんなさい,ラウラ.」
姫を差し出せと言っている.
「無理やりなことをして.」
妹たちはまだ幼いから,長女であるお前が行ってくれないか?
「でも,私はずっと前から貴女に逢いたかったのです.」
いいわよ,どんな不細工な面か見てきてあげるわ.
「それに,貴女に普通に求婚しても断られそうだったし,年下は嫌いだって聞いていたし,」
もう19歳だし,どんな男でも耐えられるわよ.
「おじさんの方でも,なかなか結婚してくれないって困っていたし,多少,強引なことをしてでも嫁に出したい,」
「はぁ!?」
あたしは思わず,顔を上げてしまった.
涙と鼻水にまみれた,汚い顔に関わらずに.
ジェラルドは,驚いたように瞬きをする.
そして,優しく微笑んだ.
「どうか泣かないでください,ラウラ.」
「あんた,今,何て言った?」
そうだ,おかしいじゃない.
「ラウラって!? あたしの愛称をなんで知っているのよ!?」
ジェラルドは「しまった!」とばかりに,目と口を大きく開ける.
「あ,あ,あの,ララスコーヴィヤ姫……,」
「今更,誤魔化すな!」
ラウラ,あそこの国の第二王子様なんて,どうだい?
年下なんて範疇外!
「なにそれ!? お父様とグルだったのね!?」
「ごっ,ごめんなさい!」
真っ赤になって謝る王子様.
「責めるのなら,私だけを責めてください! この作戦を考えたのは私の方ですから!」
しかも作戦を考えたのは,お前の方かよ!?
純情そうな顔をして,とんでもない策士だ.
「国へ帰る!」
ばっと立ち上がって,ベッドから逃げる.
あぁ,もう,馬鹿みたいだ.
あたしは,かわいそうなお姫様,なんて自己憐憫に浸っていたのに!
「待ってください!」
がばりと,後から抱きつかれる.
「逃げないでください,お願いします.」
泣き出しそうな,すがる声.
「もしもどうしても逃げるというのならば,今すぐすべての街道を封鎖し,」
「権力をこんな阿呆なことに使うな!」
どげしと,奴のわき腹に肘鉄を食らわす.
うずくまる,無害そうに見えて有害な王子様.
腹を抱えながら,うるうるお目目で見上げてくる.
うぅ,その同情を誘う演技に騙されるものか!
雨の日に捨てられた子犬っぽいのは,外見だけだろう!
「貴女のために,剣を取り戦ったのにぃ…….」
「実際には戦っていないでしょ!?」
王子様は,ふっと翳りのある表情を見せる.
「たまには軍隊を編成して動かさないといけないんですよ,今は不況なので…….」
「公共事業かよ!?」
初夜の夜に,あたしはぎゃーぎゃーとわめく.
もうこの時点で,王子様にほだされていることに気づいたのは,結婚してから1年後のことだった…….
お題提供 上庄巧馬様
『国敗れて敵国に嫁ぐ姫君』もしくは『敵国に連行される貴公子』
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