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魔術学院マイナーデ

魔術学院05

「私なんか誘拐しても何の役にも立ちませんよ! 魔法なんてほとんど,うわっ!?」
かすかに揺れた馬車に,少女はバランスを崩してよろめく.
「と,とにかく,私は魔法が不得意です!」
どすんとしりもちをついた後で,少女は叫んだ.
羞恥のために,真っ赤に染まった顔で.

「そんなに威張って言うことじゃないだろ?」
少女のコミカルな様子に,少年は妙に和んでしまう.
この少女は,なんというか可愛らしい.
しゃべればしゃべるほどに,やはりライゼリートの恋人なのだと確信できる.
「アデル! この人が大魔術師というのならともかく,普通の女の子じゃない!」
すると姉が,少年と少女の間に入ってくる.
「連れ帰っても,何の役にも立たないわよ!」
「そう,その通りです!」
姉の言葉に,人質の少女は息を巻いて同意した.

「なにか変よ,アデル!」
エイダは必死な顔をして,アデルに詰め寄る.
「うまく言えないけれど,どこかがおかしいの!」
「どこかって,どこが?」
だが少年には,姉の言いたいことがよく理解できない.
「だから,いろいろと……,」
姉が言いごもると,しりもちから復帰したらしいサリナが,
「うん! おかしい! だから私を帰して!」
と,まるで友人のように姉を後押しした.
「そうよ.この人を帰して,早くシグニア王国から出ましょうよ!」
賛同者を得たことで,姉は元気を取り戻す.
「私は足手まといにしかなりませんから,今すぐ馬車から降ろしてください!」
どのような相乗効果なのか,サリナの声もどんどんと大きくなる.

「早く逃げなくちゃ駄目なのでしょ! ならこの人はここで捨てた方がいいわよ!」
「思いっきり邪魔者ですから! ここで降ろしてください!」
人質の少女と意気投合しているとしか思えない姉に,少年は頭を抱えた.
「エイダ……,黙っていてくれ.」
左右からきゃいきゃいと甲高い声で責められて,少年はげんなりとする.
だいたい姉はなぜ,ライゼリート王子の婚約者と仲良くできるのだ?
恋敵ではないのか? それともアデルの話を聞いていなかったのだろうか.

「彼女は,ライゼリート王子の婚約者だよ.」
するとよほど息が合っているのか,少女たちは同時に否定する.
「違います!」
「そうは思えないわ!」
「なら僕の一目ぼれだ.彼女を連れ帰って妃にする.」
少年が適当に口にした言葉に,少女たちは一瞬の空白の後で「えええええ!?」と声を合わせた.
「ほ,本気なの!? アデル!」
「困ります! 私には好きな人が居るんです!」
薄茶色の髪の少女は,エイダを頼るように彼女の背に隠れる.
「ごめんなさい! その人以外とは一緒になりたくないんです!」
盾にされた姉は,どうしようとアデルの方を見やる.
人質の少女を守るべきか,差し出すべきか.

少年は,おもむろに座席から立ち上がった.
そして,姉の背後に隠れる少女を引きずり出す.
ごめんなさいなどと言って,少女は自分の意思が尊重されると思っているのだろうか.
「や,やだ!」
少女の抵抗をものともせずに,少年は少女の体を抱きしめた.
途端に,めまいがするような幸福感が沸き起こる.
「離して! ……助けて,」
けれど,それは少女のせいではない.
「ライム,助けて!」
その名が,アデルを狂わせる!

瞬間,目に見えない衝撃波が少年を襲った!
どぉんと背中から落ちる,息が詰まるほどの衝撃.
しかしそれだけでは衝撃は吸収しきれずに,アデルはごろごろと砂の地面を転がる.
砂が口に入る,むせ返る.
何とか止まって体を起こせば,くらりとめまいがした.
道の向こうに,馬車が2台去ってゆく.
あれはアデルが乗っていた馬車だ,もう1台には部下たちが乗り込んでいる.
「大丈夫か!? サリナ!」
そして,すぐ側に居る,
「……ライム,」
アデルと同じく,砂にまみれている少年と少女.

アデルは黙って,二刀の腰の剣を抜いた.
金の髪の少年も,無言で立ち上がる.
背中に,愛しい恋人を守って.

本当はサリナだけを連れて転移したかったが,アデルがサリナを抱きしめていたために果たせなかった.
ライムは,心からの敵意を外国の少年に送る.
なんのために少女を誘拐しようとしたのか分からないが,たとえ何のためであろうと,許せるものではない.

「サリナ,援助を頼む.……光の魔法だ.」
視線はアデルから離さずに,ライムは両手を胸の前で軽く交差させる.
馬車から落ちたときにできた傷や痣は,興奮しているためか痛みを感じない.
「うん,分かった.」
少女のしっかりとした返事,それを合図にアデル王子が駆け出してくる!
「我が名はライゼリート・イースト.知性の光よ,我とともに在れ!」
早口の呪文により出現する魔術師の杖.
間一髪で白刃を受け止めて,少年の目の前で火花が散る!
交差する視線,けれど何も言葉は発しない.
歯を食いしばって,重い斬撃を力任せに杖で押しやる.
アデルはすばやく後ろに飛びずさる,ライムの方は多少バランスを崩した.

「光よ,古の勇者の栄光を称えよ,その名はケーリンゼン.」
後方で少女が唱える呪文は,最上級の光の魔法.
「彼の治む王国の栄華を知らしめよ,その名はシグニア.」
詠唱時間の長さも,最上級だ.
再び二刀の剣が,ライムに襲い掛かる.
「我に,守護の輝きを!」
魔力を持った杖が,銀色に輝く.
がしゃんという音がして,アデルの片方の剣が折れる.
しかしその程度のことでは,アデルは引かない.
ライムも引かない,ぐっと足を踏みしめれば砂埃が舞う.

呪文を唱える少女の足元で光が踊り,魔方陣が形成されてゆく.
高位の魔術師は,魔方陣を描くのではなく従える.
自分を守る少年を信じきって,少女は無防備に魔力を紡ぎ合わせる.

少女の呪文を聞きながら,少年二人は互いの武器で打ち合う.
本当は戦うのではなく逃げるべきだ,とライムもアデルも分かっていた.
ともに,砂まみれで傷だらけの体で.
また,追っ手が来ることも予測できていた.
馬車はすぐに引き返してくるだろうし,マイナーデ学院からの追撃隊もすぐに到着するだろう.
だが,互いに互いを前にしては後には引けない.
そして戦いはじめてしまえば,もはや戦う理由はどうでもいい.

「出でよ,炎の牙!」
威力は小さいが,短い呪文で発動する炎の魔法.
「くっ……!」
苦しげな顔をするが,アデルの武芸の腕前はライムよりもずっと上だ.
少しずつ押されてきているのに,金の髪の少年は気づいていた.
「なぎ倒せ,戦いの風!」
風の圧力が,二人の少年の間に距離を作る.
それは,魔術師にとって有利な間合い.
「光よ,暗闇を切り裂き,人の子の希みをつなげよ,」
長い呪文詠唱を始めた途端,
「甘い!」
黒髪の少年による剣戟で,弾き飛ばされる白銀の杖.
続く第二激目には,確実な殺意が篭っている.
「サリナ!」
けれど分かっている,少女が必ず自分を守ることを.

視界が白に焼ける.
真っ白な世界の中で,黒髪の少年が飛ばされてゆく.
そして,あまりの威力にライムまで軽く飛ばされた.
魔術大国シグニアの名を呪文に持つ,光の最上級魔術.
天まで届く光の柱,その圧倒的な光量.
大陸全土に見せ付ける,魔術師の脅威.
魔術学院マイナーデの知識の粋は,一人の少女の中で昇華した.

光が収まり,少年が起き上がると,少女が「大丈夫!?」と言って駆け寄ってきた…….
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