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魔術学院マイナーデ

隠された想い04

少女が見たらしい恐ろしい夢も,芽生えてすぐに苦いものとなった淡い想いも,朝の光の中ではすべて幻のように消え去るようだ.
テントから抜け出すと,ルッカは一人先に起きて火をおこしている青年の隣に立った.
「おはようございます.」
朝の挨拶をすると,穏やかな微笑みで「おはよう.」と返される.

そしてそのままの調子で,スーズは言葉を紡いだ.
「ライム殿下のこと,諦められそうかい?」
何もかもを見透かしているような青年の瞳に,ルッカは苦笑するしかない.
「気づいていたのですか?」
ルッカは,正直に驚いた.
彼女自身でさえ,昨夜やっと気づいた想いなのに.
「なんとなく,だよ.」
青年の微笑みは自然体でゆったりとしていて,他者を気負わせない.

「諦め,られそうです.」
ルッカは,くすっと微笑んで見せた.
主人となった少女を愛しているつもりが,実は嫉妬していたとは.
しかし明るい朝の日差しの中では,もうルッカの想いは形にすらならないような気がした.
もしもこの光の中でも,心に闇が灯るのならば,
「おはよう,スーズ,ルッカ.」
背にかけられた明るい声に振り返ると,金の髪の美しい女性が楽しそうに微笑んでいた.

「相変わらず,ライゼリートとサリナちゃんはお寝坊ね.」
テントの中を指差して,リーリアはくすくすと笑う.
「叩き起こしてもいいかしら,特にうちのお馬鹿さんの方を.」
けぶるような金の髪,白く輝く頬は35歳という年齢を感じさせない.
同性であるルッカでさえ,どきっとするような女性だ.
「放っておきましょう,リーリア様.」
青年の笑顔は変わらない,けれど声の色がほんの少しだけ異なるようにルッカには感じられた.
「朝食ができたら勝手に起きてきますよ.なんせ殿下は食い意地が悪いですから.」
もしもこんなにも明るい日差しの中でも恋が諦められないのならば,いったいどうするのだろう.
ルッカは信じられない思いで,青年の横顔を見つめる.
「何もせずにご飯だけ食べようなんて,とんでもない子ね.しつけ直さなくっちゃ.」

「何の話だよ.」
すると自分の悪口を聞きつけてきたのか,金の髪の少年がテントから出てくる.
ぶすっと拗ねた顔は,昨夜よりも子供じみて見えた.
「おはようございます,スーズさん,ルッカさん,リーリア様.」
少年に続いてすぐに,少女も顔を出す.
少し不安げな表情は,昨夜のことを引きずっていた.
「おはようございます,サリナ様!」
「きゃ!?」
驚く少女には構わずに,ルッカは少女をぎゅっと抱きしめた.

「寝癖がついていますよ,後で髪を編んであげますね.」
少女の頭をぐりぐりとなでていると,金の髪の少年と目が合う.
「……あ,ありがとうございます.」
あからさまに焼きもちを焼いているらしい顔に,思わずルッカは笑ってしまった.
「ライム殿下,そんなにも妬かないでください.」
「やっ,妬いてなんか!」
真っ赤になって否定する,17歳の歳相応の顔で.

「殿下も髪を編んであげましょうか?」
薄水色の髪の青年が,すぐに年下の少年をからかい出す.
「必要ない!」
怒鳴る少年を軽くいなして,これは彼らにとっての日常だ.
「なら,お母さんがやってあげましょうか?」
ルッカは最初は戸惑ったが,今はだいぶ見慣れてきた.
「母さん!」
にまにま顔のリーリアに髪をいじられて,少年はあわてて逃げ出そうとする.
「水を汲みに行って来る!」
王弟のくせに,少年は水汲みまでやるらしい.
ルッカはそっとサリナの体を離して,背中を押してやった.

「え?」
驚いたように,淡い緑色の瞳がルッカの方を見返してきた.
「川まで行っても,今日はびしょぬれにならないでくださいね.」
ルッカの言わんとすることに気づいて,少女は頬を赤く染め上げる.
「あ,ありがとうございます!」
あわてて礼を言い,早足で去る少年の背中を追いかける.
素直でかわいらしい主人だと思う.
くせっ毛に踊る髪はそのままに,恋人のもとへ駆けてゆく.

「ライム!」
少女が声をかけると,少年はすぐに立ち止まって少女を待った.
少女の後ろ,テントの方をちらりと見た後で,少女に手を差し伸べる.
「ありがとう!」
少女は抱きつくように,少年の腕を取った.
「よかった,すっごくうれしい!」
少女の喜びを共有せずに,少年は不思議そうに瞳をぱちぱちと瞬かせる.

ルッカの少年に対する呼び方がライゼリート殿下という他人行儀なものからライム殿下に変化したことに,少女は喜んでいるのだ.
昨夜のことがきっかけでライムのことを好いてくれたのだと,少女は誇らしげに少年の顔を見上げる.
「あ,あの,あのね,」
興奮している少女に戸惑いながらも,少年は少女を引きずるようにして歩く.
早く川の方へ向かいたい,人目の無い場所に行きたいというのが少年の本音だ.

「昨日,すっごくかっこ良かったよ.」
早足の少年に,少女は小走りでついていかなくてはならない.
少年の急ぐ理由など考えもせずについてゆく.
「あ,その,ありがとう,というか,感動したの,」
少年の歩調に合わせるように,早口でまくし立てる.
「ライムがそんなことをやっていたなんて,私,ぜんぜん気づかな,」
いきなり少年は立ち止まると,唇を合わせてきた.

久しぶりに交わす長い口付け,髪をなでる少年の手にうっとりとする.
「サリナ,好きだよ.」
あまりにも簡単に言われて,少女は真っ赤になった.
「わ,私も好き.」
「……知っている.」
頬をなでる仕草は,キスを請う少年の癖のようなもの.
「なら,聞かないで.」
けれど瞳は閉じずに,わざとじらしてみせる.
「分かっているけど,聞いているんだ.」
それは二人にしか通じない謎かけのように.
「嬉しいから,それだけで俺は強くなれるから.」
かすかにかすれた声が,変に色気を感じさせる.

「ライムはもう十分,強いよ.」
囁かれる睦言は,二人だけの秘密の呪文.
ずっと一緒に居よう.
魔法の呪文を正しく唱えて,きっと願いは叶うはず…….
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