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魔術学院マイナーデ

隠された想い03

「きゃぁああ!?」
暗闇の中,自分の悲鳴で目が覚めた.
「あ……?」
どんな夢を見ていたのか分からない,けれど少女の体は汗でびっしょりだった.
「サリナ,」
闇に映える金の髪,さらっとした温かさが少女の頬をかすめ,
「どうしたんだ?」
しっかりとした腕の中に抱きしめられる.

「ライム……,」
あやされるように背をなでられると,少女を捕らえていた悪夢が遠ざかってゆく.
「ごめん,なんでもない.」
ほぉと息を吐いて,少年の胸に身を預ける.
するとどっと安心感が眠気とともに訪れる,そのまま少女はうとうととしかけたが,ふと少年の肩越しに薄水色の髪の青年と目が合った.

「あっ,」
思わず声を上げてしまった少女には構わずに,青年はさりげなく背中を向けて寝た振りを続ける.
この分だと青年の隣で眠っているリーリアも寝た振りをしているに違いない.
なんせ彼らは小さなテントの中で,寄り添うようにして眠っているのだから.
「ごめんなさい,起こしてしまって……,」
少女は皆に聞こえるように謝った.

「別にいい.」
どこかぶっきらぼうな少年の口調は,甘い態度とはちぐはぐな印象を与える.
マイナーデ学院に入学したときからずっと側に居る少年は,いつの間にか少しだけ乱暴な言葉でいつも少女を許すようになっていた.
遠慮がちに少年の背に手を回して,大きくなったなぁと思う.
「……ルッカ,」
すると,少年が少しばかり冷たい声音で呼びかける.

「昼間,サリナに何をした?」
振り向くと,少女には優しい付き人の女性が,厳しいまなざしで少年を見つめていた.
ランプに灯りを点して,真実を突きつけるように.
「ルッカさん……,」
マイナーデ学院への帰途について6日目だが,ルッカが少年にいい印象を持っていないことに,少女はもう気づいている.
少年に対するときだけぎこちない,確執でもあるかのような態度だ.
「サリナ様を離してください,ライゼリート殿下.」
少女を抱いたままの少年に,ルッカは対した.
そっけない振りをしていても,この少年はちょっとした拍子に恋人の顔が出てくる.
視線がひそやかに少女を追いかけていることに,ルッカはすぐに気づいた.

「あなたの行動は,ご姉弟にしては行き過ぎです.」
少年の腕の中で,少女は不安そうに少年とルッカの顔を見比べる.
「サリナが俺の姉だとは,まだ決まっていない.」
静かに,しかしはっきりと少年は答えた.
「サリナが前王陛下の実子であるかどうかの調査は,王宮で始まったばかりだ.」
「何をおっしゃっているのですか,殿下.」
ルッカは形の良い眉をひそめて反論する.
少女を離さない少年に,少女が自分の姉ではないと言い切る少年に胸がもやもやとした.
「サリナ様には幻獣が居たのですよ,いまさら王族ではないなんて,」
「王都に出現したものが幻獣であるという証拠がどこにある?」
少年とルッカの対決を,スーズとリーリアも見守る.
「イスカ兄貴は,幻獣にしては倒したときの手ごたえが無さ過ぎたと言っていた.」
それは,幻獣の主であるサリナが魔力を制御していたのではなく,魔力に飲み込まれていたからである.
「幻獣じゃない,単なる魔力の塊だ.」
少し考えれば,手ごたえが無いから幻獣では無いというのは乱暴な論理だと気づくのだが,あまりにも堂々と言われたために,ルッカは気づけなかった.

「また軍から提出された書類には,サリナが王女である可能性があるとしか書かれていない.」
サリナはぽかんと口を開けて,少年の説明を聞いた.
「よってサリナの出生について詳しい調査が必要であると.なぜなら,」
こんなことを少年が言うとは,思いもしなかった.
「幻獣を見たと言っている証言者のうちの一人は,サリナを誘拐した犯罪者だ.彼女の言に信用など置けない.」
サリナが王城の中でぼんやりと過ごしている間に,少年はサリナを王族ではなくすようにきちんと動いていたのだ.
「もう一人の証言者は,混乱していたから本当に幻獣であったかどうか自信が持てないと言ったらしい.」

「それから,イリーナ姉上が見たと言っているトーン・シグニアの名の入った腕輪に関しては,」
もともとサリナが王女であると躍起になって信じようとしていたのは,イリーナのみであったらしい.
イリーナが独断的に動き,そして動かぬ証拠をサリナの腕に見つけた.
「刻まれた名はリフィール・コウゼ・トーン・シグニアではなく,ライゼリート・イースト・トーン・シグニア.俺がサリナにあげた物だ.」
金の髪の少年は,会心の笑みを浮かべる.
「イリーナ姉上は,見間違えたんだ.」
証拠品として押収された腕輪に刻まれた名を変える,そのような細工など,王子であり優秀な魔術師である少年には容易いことだ.
戦争の事後処理と新王即位のどさくさにまぎれて,少年はスーズとともにあらゆる裏工作を行った.

サリナ,姉弟じゃなくなる方法はきっとあるから.
自らの言葉を実現させつつある少年,少女は惚れ惚れする思いで少年の横顔を見上げた.
「王宮からの使者がサリナの村に調査に行くだろう,すでに城を出発しているはずだ.」
想像だにしていなかった理路整然とした反撃に,ルッカは何も言えなくなりそうだ.
「そこで,サリナが王族であるという誤解が解ける.」
甘い微笑を少女に向けて,少年は事実を誤解と断言する.

ずっと一緒に居よう.
そのためならば,権力も魔力も使用するのにためらいなど要らない.
「もしもそこで,サリナ様が血のつながった姉であるということが決定的になったら,どうなさるのですか?」
ルッカは意識して声を張り上げる.
「そのときは,」
「諦める.」と,その場限りの嘘を少年は口にしなければならなかった.
しかし,頭ではそう分かっていても,
「……この国の者すべてに魔法をかけてでも,サリナを俺の妻にする.」

瞬間,息が詰まるほどの想いがルッカを襲った.
「サリナだけは譲れない.」
そのような魔法が可能なのかどうか,たずねる意味など無い.
「なぜ…….」
続く言葉を知らずに,ルッカは問いかける.
「さぁ.」とあいまいに微笑む少年,少女の肩をしっかりと抱いて.
恋人だけを見つめる常緑樹の瞳,それはルッカには決して手の届かないものだった…….
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