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魔術学院マイナーデ

王の子供たち06

次期国王を決める会議には,国内の主だった王族,貴族らが参加する.
平民でも政務に深く関わっている者は特別に出席を許されており,この会議は何もかもが異例づくしであった.

本来,後継ぎは国王が決めるものである.
シグニア王国の王位継承の権利は,王の子供たちにしかない.
王から息子,もしくは娘へと受け継がれてゆくのだ.
そして王が後継ぎを決めずに亡くなった場合は,慣習に従い長男が王位を継ぐ.

しかし,今回は……,
「サリナ,」
金の髪の少年は,居心地悪そうに王族の席に腰掛けている少女の元へと向かう.
なんとなく,少女のくせっ毛の髪がいつも以上に跳ねているような気がする.
「……体,大丈夫か?」
周りを気にしながら,そっと少女の耳元で囁く.
途端に少女は,顔を真っ赤にした.
「う,うん,……だ,だい,じょぶだよ.」
少年の体温を意識して,少女はかちんこちんに固まってしまう.

こんな調子では,姉弟の振りなど出来ない.
あからさまにぎこちない少女の態度,しかし少年は少女を責められない.
少年は何も言わずに,少女の隣に腰掛けた.

会議の主役である王の子供たちは,まだ彼ら二人を除いて誰も来ていない.
頬を赤く染めて俯いている少女の横顔を眺めながら,少年はぼんやりと兄たちの到着を待った.

不可侵であるはずの玉座に座る者を,話し合いで決める.
そのようなことは,いくら身分制が崩れつつあるシグニア王国でも初めてのことだ.
厳格な身分制が存在する他の国の者が聞けば,我が耳を疑うことだろう.
しかもその話し合いの場に,下級貴族も平民も参加する.
参加者は50名を超え,会議場は満杯の状態だった.

会議の議長を務めることになった大臣ダガは,落ち着き無く周囲を見回していた.
彼が議長に選ばれた理由は,単純に大臣の中で一番年齢が高いからである.
ふと金の末王子と視線が合う.
精悍さの加わった美しい顔立ちの王子に向かって,ダガは媚びるようにへらっと笑ってみせた.
対する少年の方は興味なさげに,にこりともしない.

相変わらず可愛げの無いガキだ.
王族に対する礼儀もどこへやら,ダガは心の中だけで毒づく.
母親の身分のみを考えると,ライゼリート王子が一番,玉座に近い.
ダガはそう考えて,昔からこの王子に取り入ろうとしていたのだが,それが成功した試しが無かった.

そろそろ会議の始まる刻限である.
第一王子のラルファードと王女のイリーナが揃って入室し着席すると,所々で立ち話をしていた貴族たちも席に座り始める.
だが,もっとも人々の関心を集めている赤毛の王子は,いまだ姿を見せない.
声が大きくてうるさいだけなのかもしれないが,同じ部屋に居るとすぐに分かる存在感のある青年である.

いったい何をやっているのだ,とライムはドアの方へ視線をやる.
すぐに,同じような顔をしている兄の学友たちに気付く.
彼らは少年に,イスカを呼んで来て欲しいと目で訴えかけた.
このような直前の時刻になると,若手貴族である彼らは勝手に席を立つことは許されない.
了承した,と金の髪の少年は軽く頷いてみせる.

「サリナ,行くぞ.」
少年は,さっと立ち上がった.
「え? あ,……うん.」
王族の席などに,大切な少女を一人にしておけない.
少年は,状況をよく分かっていない少女を促して,席を立たせる.
「どこへ行くのだ,ライゼリート.」
すると少年は,横から冷ややかな声をかけられた.

「会議が始まるのに,どこへ行くのだ.」
黒い髪,冷めた瞳.
言葉の棘は隠しようが無い.
「ラルファード兄上……?」
長兄ラルファードの憎しみのこもった視線を,少年は初めて受けた.
「兄,イスファスカ兄上を迎えに,……行きます.」
好かれていると感じたことは無い,きっと疎まれているだろうと思っていた.
しかし,これほどまでとは…….
「必要ないだろう.今,この場に居ないことがイスファスカの出した答えだ.」
そもそもこの長兄とまともに話したのは,これが初めてだ.
マイナーデ学院でも王宮でも,互いに避けとおしてきた.

兄と弟の不穏な会話に,部屋に居る者は皆,息を詰める.
「……寝坊しているだけかもしれません.」
少年の下手な言い訳を,ラルファードは馬鹿にしたように笑った.
「それこそ,国王にふさわしくない態度だ.」
ラルファードは唇を嘲弄する形に歪める.
金の髪の少年が,何と返していいのか分からないでいると,
「起きたまま寝言をおっしゃる方よりは,ずっと玉座に見合うだけの男ですよ.」
再び横合いから喋りかけられる.
「会議には遅刻しても,ティリア王国軍の侵攻を止めたのはイスファスカ殿下です.」
シグニア王国騎士のお仕着せを着込んだ青年,カイゼである.
イスカのマイナーデ学院での級友であり,稀少な魔法剣の使い手として有名な戦士だ.

「イスファスカ殿下とライゼリート殿下です,実際に戦場で戦ったのは.」
王国軍の者は,未だ国境か,国境へと向かう旅路から帰ってきていない.
この会議に出席しているのは,留守居部隊のカイゼのみである.
「ラルファード殿下,あなたは体調が思わしくなく起き上がれないと伺っておりましたが,……大丈夫なのですか? 会議に出席して.」
青年は,皮肉な口調を隠そうともしない.
ラルファードが病を理由に戦場へ行かずに,安全な王城で戦いをやり過ごしたことを揶揄しているのだ.
「俺を愚弄する気か!?」
大きな音を立てて,黒髪の王子は椅子から立ち上がる.

「俺は……!」
しかし彼が仮病を使って国防をさぼったことは事実なので,言葉が続かない.
弟が少し驚いた顔をして,ラルファードの激情を見守っている.
澄んだ深緑の瞳,輝くばかりの金の髪,母親であるリーリアと同じ……,
「何だ!? その目は!」
いきなりラルファードは,金の髪の少年に掴みかかった.
「容姿だけで,父上に気に入られて,」
胸倉を掴まれたライムは戸惑ったまま,何の反応も返せない.
「ライム……!」
サリナの心配する声を聞いて,少年は我に返ったように兄の手から逃れる.
ついで,少女を守るように前に立った.

「兄上……?」
興奮したためか,息を切らしている兄.
少年にとっては,どこまでも印象の薄い兄である.
いや,もしかしたらここまで印象が薄くならなかったのかもしれない.
「で,殿下方,……会議を始めますので,」
ダガ大臣が二人の王子の間に,おろおろと割って入る.
「どうぞ,ご着席を,」
ラルファードは老人の卑屈な笑みを,ぎっとにらみつけた.
「なぜ長男である俺が居るのに,このような会議を……!」
あの,赤毛の青年さえ居なかったのならば,ここまで印象が薄くなど,
「すまん! 寝坊した!」
その瞬間,場違いなほど明るい声が部屋に入ってきた.

「つい夜更かしして……,」
燃えるような赤い髪,生気に満ちたこげ茶色の瞳.
「……ん? なんだ?」
片腕に大きな本や書類を抱えて,ドアを開いた青年は状況が分からずに戸惑う.
イスファスカ・トーン・シグニア,赤の第二王子.
この青年のために会議は開かれたといっても,過言では無かった…….
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